主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
右手に巻き付いた晴明の札に込められた十二神将は、酒呑童子を攻撃し続けていた。

苦悶の声を上げながら上空で苦しんでいる酒呑童子をただただ見つめていた椿姫は、よろよろと近付きながら見上げ続ける。


ここまでやって来て――

危険を冒してまで自分を取り戻す必要があるのだろうか?

自分はそんなに美味しくて忘れられない味だったのだろうか?

優しくしてくれた日々は…自分を食べるためだったはずだ。


「酒呑…童子……」


「う、ぅう…っ!札が、外れない……!」


「酒呑童子様、お気を確かに!」


身体を支えてやっている茨木童子が何度も声をかけるが、噛み締めている唇からは血が滴って地面にぽとりと落ちた。


この妖の命は、恐らく自分と同じ程しか残されていない――

自分を食らったために、そうなってしまった――


酒呑童子が苦しんでいる姿を見て無性に泣きたくなった椿姫は、とうとう声を上げて名を呼んだ。


「彼方様…!」


「…っ!椿、姫……」


一瞬苦痛が消し飛んだのか、酒呑童子が地面に下りて来た。

追って来ようとした茨木童子は百鬼たちに囲まれて動けなくなり、椿姫は変化した恐ろしい右腕に目を遣りながらも顔を歪めて酒呑童子に詰め寄った。



「どうして、ここに来たのですか!?そんなに私を食べたいのですか!?」


「椿姫……俺は、お前を取り戻しに来た。俺と…行こう。お前を、離したくない。もう二度と、食わないと約束する…!」


「…あなたの命は人と同じ程しか残されていないと聞きました。本当、なのですか…?」


「……そうか、だがそんなことはどうでもいい。椿姫…お前を……愛している」



残された命を、一緒に生きよう――

そう囁かれてとうとう崩れ落ちた椿姫の身体を酒呑童子が力いっぱい抱きしめた。

背中に回ってきた細い腕の力も強く、椿姫が応えてくれたのだと安堵した酒呑童子は――椿姫と同じ命の長さで死ねることをとても嬉しく思っていた。


「うまくまとまったようだな」


「……晴明…」


腕の攻撃が止んだ理由は、晴明が印を結んで攻撃を止めさせたから。

再び警戒態勢に入った酒呑童子を手で制した晴明は、やんわりとした声色で呼びかけた。


「血の匂いを抑える方法を必ず見つけてみせる。一旦休戦しようではないか」


従うしかなかった。
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