主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
「くすくす」

屋敷を経ってから幾ばくかーー

背後から主さまを苛立たせている笑い声が絶えず聞こえていた。

主さまの背後に続くのは、実質的に主さまの片腕のような存在ーー大妖でしか有り得ない。

その大妖である銀は、楽しそうにずっと耳をぴょこぴょこ、尻尾をふりふりしていた。

「……銀」


「なんだ?俺が何をしたというんだ」


真っ白な肌に真っ白な耳と尻尾。
息吹を興奮させる最高の素材を持ち合わせている男は、薄ら笑いを浮かべて何かを反芻するような顔をしていた。


「何か言いたいのなら言え。お前の鼻息がうるさい」


「いやいや、妖の頂点に立っている男が人間の女に尻に敷かれているのが楽しくてな。もっと早く戻ってこればよかったと後悔しているんだ」


「尻に敷かれてもいなければ、息吹を人間の女などと揶揄するな。…殺すぞ」


ふいっとまた前を向いて速度を上げた主さまに皆が速すぎる、と文句を言っていたが、主さまは完全に無視している。


銀はかつて主さまの座を奪おうと強大な力で多くの百鬼たちを殺した男だが、力こそ全ての世界。

今や皆とは溶け込んではいるが、当時は見るも無残な戦いが何日続いたことかーー


「どうだ、酒呑童子を百鬼に加えてみたら面白いと思わないか?」


「火種が増えるだけだ。ちなみにお前も火種だからな」


「違うぞ、俺は息吹の愛玩物だからな」


…何やら自慢げに言った銀の言葉に主さまの足がとまり、くるりと振り返ったその顔に浮かぶは、まさに鬼の形相。


「十六夜、お前は相変わらず冗談もわからないのか。面白すぎるぞ」


「……息吹に手を出すと、ただではおかないぞ」


「馬鹿言うな。俺は若葉の世話で忙しいんだ。息吹に預けっぱなしでは申し訳ないからな」


いずれーーかつての自分のように、銀も人と妖の命の長さについて苦しむかもしれないーー


主さまは己の過去を僅かに振り返り、再び空を駆ける。


酒呑童子と椿姫も、銀と若葉もーー


皆、わざと苦しい道を選んでいるように見えて、主様の視界は僅かに揺らいだ。
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