主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
数時間の逢瀬を楽しんで屋敷へ帰ると――庭には驚くほど長い黒髪の着物を着た女が立っていた。
その女が胸に抱きしめているのは…一通の文だ。
「文車妖妃(ふぐるまようび)か。こんな日中にどうした」
「潭月様から文を預かって来ましたよ。あたしは主さまの返事を頂くまでここに居ますから」
…文に執着し、相手に確実に届けて、そして返事を持ち帰るまではその場からぴくりとも動かない妖。
主さまは“潭月”という名にしかめっ面をしたが、息吹はその名に覚えがないので、文車妖妃の前に立って親しげに声をかけた。
「潭月様……ってだあれ?」
「おや、あんたは知らなかったのかい?潭月様という方は…」
「返事を書く。息吹、こっちに来い」
「え、うん。主さま、潭月様って…」
すぐに文に目を通した主さまの顔は不機嫌そのもので、夫婦の部屋に連れ込まれた息吹はちょこんと正座をして潭月が何者であるかを教えてもらうためにじっと待った。
座布団の上に座った主さまはいらいらしていたが、息吹がにこにこしているのでその顔を見ているうちにあっという間に気が晴れて、文を息吹に見せた。
『妻を連れて帰郷するように』
書かれてあったのは、その一文だけ。
主さまよりも達筆な字で書かれた文を見せられたものの潭月が何者であるかは書かれておらず、息吹が首を傾げると、主さまは嫌々ながら口を開いた。
「潭月というのは…俺の親父の名だ」
「え…?っていうことは…お、お義父様!?」
「母も健在だ。高千穂の山奥に鬼族が住んでいる村がある。今はそこで暮らしているはずなんだが……ちっ、どういうつもりなんだ」
「ぬ、主さま!私行ってみたい!お義父様とお義母様にお会いしたい!」
俄然興奮して身を乗り出した息吹がこういう反応を見せることを予見していた主さまは、肩で大きく息をつくと、息吹の両手を握って言い聞かせた。
「…俺の親父はかなりの変わり者だ。お前に何をするか俺は心配なんだ」
「大丈夫だよ、主さまのお父様でしょ?ねえ、主さまはお父様似なの?お母様似なの?仲良くなれると思う?」
矢継ぎ早に質問攻めしてくる息吹に圧倒された主さまは、口元に笑みを上らせながらごろんと寝転がった。
「外見は親父に似ていると言われるが、性格は母似だとよく言われていた。…お前…本気で行く気なのか?」
「うん!絶対行きたい!主さま、お願いします!」
――息吹のおねだりを拒否できるはずもない。
主さまはまたため息をつくと、息吹の頭を撫でた。
その女が胸に抱きしめているのは…一通の文だ。
「文車妖妃(ふぐるまようび)か。こんな日中にどうした」
「潭月様から文を預かって来ましたよ。あたしは主さまの返事を頂くまでここに居ますから」
…文に執着し、相手に確実に届けて、そして返事を持ち帰るまではその場からぴくりとも動かない妖。
主さまは“潭月”という名にしかめっ面をしたが、息吹はその名に覚えがないので、文車妖妃の前に立って親しげに声をかけた。
「潭月様……ってだあれ?」
「おや、あんたは知らなかったのかい?潭月様という方は…」
「返事を書く。息吹、こっちに来い」
「え、うん。主さま、潭月様って…」
すぐに文に目を通した主さまの顔は不機嫌そのもので、夫婦の部屋に連れ込まれた息吹はちょこんと正座をして潭月が何者であるかを教えてもらうためにじっと待った。
座布団の上に座った主さまはいらいらしていたが、息吹がにこにこしているのでその顔を見ているうちにあっという間に気が晴れて、文を息吹に見せた。
『妻を連れて帰郷するように』
書かれてあったのは、その一文だけ。
主さまよりも達筆な字で書かれた文を見せられたものの潭月が何者であるかは書かれておらず、息吹が首を傾げると、主さまは嫌々ながら口を開いた。
「潭月というのは…俺の親父の名だ」
「え…?っていうことは…お、お義父様!?」
「母も健在だ。高千穂の山奥に鬼族が住んでいる村がある。今はそこで暮らしているはずなんだが……ちっ、どういうつもりなんだ」
「ぬ、主さま!私行ってみたい!お義父様とお義母様にお会いしたい!」
俄然興奮して身を乗り出した息吹がこういう反応を見せることを予見していた主さまは、肩で大きく息をつくと、息吹の両手を握って言い聞かせた。
「…俺の親父はかなりの変わり者だ。お前に何をするか俺は心配なんだ」
「大丈夫だよ、主さまのお父様でしょ?ねえ、主さまはお父様似なの?お母様似なの?仲良くなれると思う?」
矢継ぎ早に質問攻めしてくる息吹に圧倒された主さまは、口元に笑みを上らせながらごろんと寝転がった。
「外見は親父に似ていると言われるが、性格は母似だとよく言われていた。…お前…本気で行く気なのか?」
「うん!絶対行きたい!主さま、お願いします!」
――息吹のおねだりを拒否できるはずもない。
主さまはまたため息をつくと、息吹の頭を撫でた。