主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
「ん…?なんかいい匂いがすんな…」


地下の氷室で昼寝をしていた雪男は真っ青な前髪をかき上げながら氷の床から起き上がり、1階へと上がると真っ直ぐ台所に向かった。

そこには案の定息吹が忙しく動き回っており、大好物のよもぎ餅を見つけて背伸びをして手を伸ばすと、ひんやりとした空気に気が付いた息吹がその手を軽く叩いた。


「雪ちゃん、めっ。これはお義父様とお義母様に食べてもらうんだから」


「は?義父?義母?なんの話だよ」


「明日早くに高千穂に行くの。主さまと里帰りするんだよ。里帰り…素敵な響き!はじめてお会いするんだよ、どんなお着物を着ていけばいいかな」


わくわくしながら餡餅を作っている息吹が主さまの実家へ行くとわかると、雪男は息吹の桃色の着物の袖を引っ張って必死に引き留めようとした。


「高千穂ってお前…鬼八の件があっただろ!?あっちは鬼門なんだから行かない方がいいって!」


「鬼八さんは悪い人じゃなかったでしょ?華月さんだってちょっと間違えただけ。主さまは華月さんの血筋なんだから実家が高千穂にあるのは当たり前でしょ?ああ私、主さまのお嫁さんとして認めてもらえるかな…」


「…俺も行くし!俺も連れてけ!」


「え、雪ちゃんも行くの?でもどうしよう…後で主さまに聞いてみるね」


「聞いたって嫌だって言うに決まってるだろ?お前から頼めば主さまだって…」


息吹は困った顔をしていたが、あともうちょっとで落とせそうだと踏んだ雪男がさらに袖を引っ張った時――


「お前は連れて行かない。いつも通りここで番をしろ」


「…ちぇっ。いいじゃんかよ!俺も行きたい行きたい行きたい!!」


「ゆ、雪ちゃん…可愛いっ!」


駄々をこねて地団駄を踏むと、きゅんとした息吹が膝を折って雪男をぎゅうっと抱きしめた。

雪男としては子供扱いされて憤慨しつつも惚れている女に抱きしめられてつい鼻の下が伸び、腕を組んで柱に寄りかかっていた主さまがぎらりと睨みつけると、息吹の肩をぐいぐい押して離れさせた。


「主さま…俺も…行きたいなー」


「駄目だと言ったはずだぞ。…邪魔をするな」


後半はぼそりと呟いた主さまを睨み返した雪男は、思いきり舌を出して主さまの脇を駆け抜けると、冷や汗が背中を伝う言葉を浴びせられた。


「晴明に言い付けてやる!」


「父様に会いに行くの?じゃあ八咫烏さんを借りれるか聞いてみてくれる?」


息吹は相変わらずのほほん。

主さまは…顔面蒼白。


雪男がほくそ笑み、軽やかな足取りで主さまの屋敷を飛び出て行った。
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