主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
祠に祀られている地主神を目にした晴明は、恭しく頭を下げた後、指を組み合わせて印を結んだ。


晴明の瞳にはご神体となっている大きな石に宿っている地主神がしっかりと見えて、低くて気持ちい声で祝詞を読み始める。

息吹は晴明が祝詞を読み上げている声が大好きで、幼い頃はいつも部屋の隅っこに座ってそれを聞いていたものだ。


「ふむ、ぞんざいに扱われていたのに地主神様は確とここに居られる。そなたがここを綺麗にしてくれてお喜びになっているよ」


「ほんとっ?元はといえば主さまが罰当たりなことをしてたんだから、奥さんの私がここを綺麗にするのは当然のことだもん。まだまだ綺麗にしてる最中だからもっと綺麗にしますね」


大きな石には橙色の可愛らしい手拭いが巻き付けられていて、それも息吹らしいと笑った晴明は、息吹の肩を抱いてまた頭を下げた。


「もっと綺麗になればきっと良いことがあるだろう。私からも十六夜をけしかけておくから、時々十六夜と共にここを訪れるといい」


「はい。でも何かを求めて綺麗にしてるわけじゃないから。私ね、地主神様にお話を聞いてもらえるだけでなんだか心が軽くなるの。おかしい?」


「いいや、おかしくはないよ。きっと地主神様もそなたの話を聞けて楽しい気持ちになっているだろう。さあ、降りて父様と貝遊びでもしようか」


――晴明は頻繁に幽玄町へとやってくる。

妻である山姫の送り迎えをしているから、ということもあるだろうが、山姫からは自分が主さまに嫁いで幽玄町へ行ってから、どこか寂しがっている風だという話を聞いていた。

それはお互い様だと思ったが、あんな広い屋敷で独り――

ちゃんとご飯は食べているのかとか、掃除はしているのかとか、気になることは沢山あったが、きっと山姫がちゃんとしてくれているだろうとわかっていたので、それを口にすることはなかった。


「父様…私は幸せだから、大丈夫だよ。今も心配してくれてるんでしょ?あんまり主さまをいじめると私が父様を叱らなきゃいけなくなるから程々にね?」


「はははっ、娘に叱られてしまうのは親としてはつらい。そなたの頼みだ、程々にしよう」


笑いながら山を下りて庭へ行くと、すでに起きていた主さまが機嫌が悪そうな表情で縁側に座っていた。


「…どこへ行っていた?」


「裏山だよ。久々に娘と逢引きしたのだ。羨ましいだろう?」


「……」


鼻を鳴らした主さまはそれを否定せず、愉快そうに笑っている晴明を睨みつけた。
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