主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
晴明が度々屋敷を訪れること自体はもはやすでに常識になっていたので不満を言うつもりはないが――

今日もまた義経は幽玄橋で息吹を待つと言っていた。

なのに事情を知らない息吹は晴明と山姫と一緒にのほほんとお茶を飲んでいる。

自分だけがきりきりするのが辛抱たまらなくなった主さまは、突然談笑の間に割って入ると、息吹の手を強く掴んだ。


「いたっ。主さま?いきなりどうしたの?」


「幽玄橋へ行く。ついて来い」


「え?どうして?また義経さんのこと?」


「…誰のせいだと思っている」


自分のせいと言いたいのか、と唇を尖らせた息吹を無理矢理立たせて、声をかけてこようとした晴明を激しく見下ろして口答えを許さなかった主さまは、さっさと草履を履いて息吹を引きずるようにして屋敷から連れ出した。

日中から主さまが幽玄町を歩くことはほぼ無いと言っていいほどになく、賑わっていた商店街は主さまと息吹を見た途端しんと静まり返り、恐らく祝言の時以来に主さまの姿を見た人々は、相変わらず無表情ながらも時折気にするように息吹を振り返る主さまの端正な美貌に見惚れる。


「ちょ…ちょっと主さま!一体なんなの?!また義経さんに喧嘩を売るつもりなのっ?」


「…違う。見せつけてやるだけだ」


「え?今なんて言ったのっ?」


太陽は真上にあり、妖である主さまには堪える強い日差しが降り注いでいたが、それを気にした風もなくずんずんと歩いて赤鬼と青鬼の前に着くと、2匹は恭しく頭を下げて脇に避けた。


「主さまどうぞ」


「…あの男はいつから居る?」


「はあ、今日は午前中から居ますが。主さま…殺傷沙汰はやめて下さいよ。あいつを食っちまいたくなりますから」


幽玄橋の真ん中には警告を無視した義経が立っていた。

息吹が引き留めようと何度も声を上げたのでそれに気付いた義経が振り返る。


「息吹姫!ようやくお会いできた!……それに…主さまとやらも一緒に来られたのか」


明らかにがっかりした声を上げた義経にまたいらっとした主さまは、わざと息吹の肩をべたべた抱きながら幽玄橋を渡る。

主さまに攻撃する意志がないことを知っている息吹は、主さまを信じようと決めて黙ったまま肩を抱かれて義経の前に立った。


「義経さん…あの…文をありがとうございました」


「いえ、私の想いを書き記しただけですから。…ですがこちらとご一緒なのは何故ですか?」


主さまと義経が静かに睨み合う。

息吹はおろおろしながらも、これ以上主さまをいらいらさせないために義経に向き合った。
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