主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
主さまの嫌な予感は大抵当たってしまう。
夕方には山姫が平安町の晴明の屋敷から戻って来るのだが――日が暮れる前に山姫と共に姿を現した晴明を見た途端、主さまがげんなりした表情をした。
それを見た晴明は楽しそうににやりと笑い、そそくさと夫婦の部屋に逃げようとした主さまの眼前に立ちはだかった。
「おやおやどこへ行くのかな?もしかして今私の顔を見た途端逃げようとしたのだろうか?」
「……雪男め…」
「私の愛娘と里帰りするとか。…潭月様が何の理由もなくそなたを呼ぼうとしているとは思えぬが。ああわかったぞ、私の娘に用があるのだな」
「…ちゃんと俺が息吹を守る。お前こそ八咫烏を出せ。俺の腕で抱えて行ってもいいが、速度が落ちる」
「それは構わぬ。百鬼夜行はどうする?」
何やら屋敷中食べ物の芳しい匂いがしていて鼻を鳴らした晴明は、烏帽子を取って脇に置くと、袖を払いながら縁側に腰掛けた。
…長居するのだと悟った主さまは、じりじりと距離を空けて囲炉裏の前に座り、舌を出して挑発してくる雪男をぎらりと睨みつけた。
「途中で合流する。俺と合流するまでは銀に代行させる。とにかく息吹のことは心配するな。…ほら来たぞ」
山姫が帰って来たことで晴明の来訪を聞いたのか、息吹が台所から飛び出て来ると晴明の背中に抱き着いて嬉しそうに笑った。
…内心嫉妬して仕方なかった主さまだったが、この2人にはどうあがいても引き裂けない深い縁があるので黙り込んだまま集結し始めた百鬼たちに目を遣る。
「父様!雪ちゃんからお話聞いたんでしょ?あのね、高千穂の主さまの里に行くことになったの。お義父様とお義母様にお会いできるんだよ!」
「お2人共とても強くてお美しい方だよ。特に奥方は…ふふふ…そなたを気に入ってくれるだろう」
「………」
晴明が含み笑いをすると主さまがまた不機嫌になり、息吹は主さまの機嫌が斜めになっていることに気が付いて、隣に移動して膝の上の手を揺すった。
「主さま…里帰りが嫌なら私…」
「…いい、連れて行く。いつかは連れて帰らなければならないと思っていたんだ」
「ありがとう主さま!父様、主さまとゆっくりしてきます」
にこっと笑った晴明に笑い返した息吹は、雪男があやしていた若葉を受け取って抱っこすると、ぷくぷくの頬に頬ずりをした。
「おやおや、もう母親みたいだねえ。どれ、私にも抱かせてもらおうか」
――息吹が嫁いできてから笑いの絶えない屋敷。
主さまは、息吹に多大な感謝をしつつもずっとそれを口に出せず、道中の間に絶対直接言おうと心に決めてやって来た銀を呼び寄せた。
夕方には山姫が平安町の晴明の屋敷から戻って来るのだが――日が暮れる前に山姫と共に姿を現した晴明を見た途端、主さまがげんなりした表情をした。
それを見た晴明は楽しそうににやりと笑い、そそくさと夫婦の部屋に逃げようとした主さまの眼前に立ちはだかった。
「おやおやどこへ行くのかな?もしかして今私の顔を見た途端逃げようとしたのだろうか?」
「……雪男め…」
「私の愛娘と里帰りするとか。…潭月様が何の理由もなくそなたを呼ぼうとしているとは思えぬが。ああわかったぞ、私の娘に用があるのだな」
「…ちゃんと俺が息吹を守る。お前こそ八咫烏を出せ。俺の腕で抱えて行ってもいいが、速度が落ちる」
「それは構わぬ。百鬼夜行はどうする?」
何やら屋敷中食べ物の芳しい匂いがしていて鼻を鳴らした晴明は、烏帽子を取って脇に置くと、袖を払いながら縁側に腰掛けた。
…長居するのだと悟った主さまは、じりじりと距離を空けて囲炉裏の前に座り、舌を出して挑発してくる雪男をぎらりと睨みつけた。
「途中で合流する。俺と合流するまでは銀に代行させる。とにかく息吹のことは心配するな。…ほら来たぞ」
山姫が帰って来たことで晴明の来訪を聞いたのか、息吹が台所から飛び出て来ると晴明の背中に抱き着いて嬉しそうに笑った。
…内心嫉妬して仕方なかった主さまだったが、この2人にはどうあがいても引き裂けない深い縁があるので黙り込んだまま集結し始めた百鬼たちに目を遣る。
「父様!雪ちゃんからお話聞いたんでしょ?あのね、高千穂の主さまの里に行くことになったの。お義父様とお義母様にお会いできるんだよ!」
「お2人共とても強くてお美しい方だよ。特に奥方は…ふふふ…そなたを気に入ってくれるだろう」
「………」
晴明が含み笑いをすると主さまがまた不機嫌になり、息吹は主さまの機嫌が斜めになっていることに気が付いて、隣に移動して膝の上の手を揺すった。
「主さま…里帰りが嫌なら私…」
「…いい、連れて行く。いつかは連れて帰らなければならないと思っていたんだ」
「ありがとう主さま!父様、主さまとゆっくりしてきます」
にこっと笑った晴明に笑い返した息吹は、雪男があやしていた若葉を受け取って抱っこすると、ぷくぷくの頬に頬ずりをした。
「おやおや、もう母親みたいだねえ。どれ、私にも抱かせてもらおうか」
――息吹が嫁いできてから笑いの絶えない屋敷。
主さまは、息吹に多大な感謝をしつつもずっとそれを口に出せず、道中の間に絶対直接言おうと心に決めてやって来た銀を呼び寄せた。