黒竜と魔法使い。~花檻の魔法使い~
花檻
***
頬を打ちつける音が『アルファレシュトの塔』に響く。
塔の一室には、三人の男女がいた。
その一人――打ちつけた衝撃により彼女―シルヴィアはよろめき冷たい石畳の上に倒れる。
紫(アメジスト)の瞳から、己の頬を叩いた少女を見つめる。
「なに、その顔。何か不満なの?」
そこには、己と似た容姿――けれど、瞳も――髪の色も、そして、気性も違う人物がいた。
美しい白金色の長い髪に、青い瞳。
埃まみれの塔で暮らすシルヴィアが来ている汚れた衣服とは天地の差がある――魔法文様が刻まれた制服(ローブ)。
青い瞳は激しくシルヴィアを睨みつける。
「気に喰わないわ、その眼。その髪――、その顔!!」
シルヴィアの襟を掴み、再び手を上げ――そして振り下ろす。
少女の後ろに控える騎士は少女を止めることなく彼女の振る舞いを見ていた。
顔が赤くはれ、唇が切れ、痛みと涙で歪むシルヴィアを助けることもせず、騎士は暴力を振るう少女を護るべく少女の傍らにいた。騎士の眼差しは、シルヴィアを蔑むように見つめ折檻されるのが当たり前だという風だった。
「ファルシェーラ様」
肩で息をし、シルヴィアの襟元を手放した少女――ファルシェーラに騎士が声をかけた。
「そろそろお時間です」
騎士は、窓から日の傾きかけた空を見つめる。息を整えたファルシェーラは、シルヴィアに憎悪の眼差しを向け、
「お前が――お前がいるから―――」
歯を食いしばり、
「っ。イクサー、行くわよ」
シルヴィアに背を向け、騎士-イクサーはファルシェーラに続く形で塔の一室から出て行った。
塔の扉が閉まる音が聞こえると、シルヴィアは強張っていた身体の力を抜いた。
顔がひどく痛い。
顔がひどく熱い。
苦しい――。
ぼろぼろと涙がこぼれ、その涙が頬をつたうだけでひどく頬が傷んだ。
身体を丸め、ぼろぼろと泣いた。
***
『花檻』――。
『木樹』の魔法に長けた魔法使いが居て、その魔法使いの発想は画期的で魔法使いたちを驚かせた。
10歳にして、魔法使いの『奥義』ともいえる四属融合を扱う事も出来た『天才』。
いずれは、賢者や聖女ともてはやされると思われた――少女。
少女の名は、シルヴィア。
けれど問題があった。
華竜の言葉に、黒竜が問う。
問題とは?と――。
華竜の語るシルヴィアの『天才』と言う言葉。なるほど、と納得をしてしまった。霊薬を作ることのできる魔法使いだ――天才と称されても間違いはない。
「彼女の両親――、いいえ、母親の方かしら」
華竜は息をついた。
「妾なのよ」
その言葉に二匹の竜は目をぱちくりとさせた。
「だから?妾って愛人ってことだろう?」
赤竜は疑問符を浮かべ、黒竜はやれやれと言ったふうに首を横に振る。
「まさか、人間で言うお家騒動とか言うやつか?」
「それに似た部分もあるけど――ローゼンフォルト家と言えば聞き覚えはあるかしら?」
「いやない」
「ベルデウィウス…、ちったぁ人間のこと気にしろよな」
華竜の言葉に否と言葉を返した黒竜に、赤竜が呆れた声を上げた。そして、そりゃ厄介だな、とも。
「?」
「ローゼンフォルト家は、竜と契約をしている魔法使いよ。その竜は『光竜』」
「……、ほぉ」
目を見開き、ベルデウィウスは驚きを表した。気高き光竜が人と契約を行ったことが驚きであり、光竜に認められた人間がいるに驚愕した。
「貴方は少しばかり…寝過ぎの様な気がします」
苦笑いをこぼす華竜に黒竜は悪びれもせず、
「長き時を過ごす我々が一時眠りについたところで問題はないだろう」
「細切れで一時が100年単位だと人の世も、それに係る竜達も変わってきますよ」
くつくつと笑う華竜――そして、
「光竜に認められた当代当主の娘である――ファルシェーラ・ローゼンフォルトは『妾』と言う名の愛人の子供の存在が許せないのですよ。家名を汚し、光竜の名を汚す存在として」
「そもそも、潔癖症の光竜に認められた人間が、別で子供を作っている事態――契約の破棄にならないのか?」
ベルデウィウスの問いに、赤竜が咳き込む。
華竜はため息をつき、「その通りです、ですが――」と…。
「妾の女性―――、妾と称されてますが彼女は『娼婦』。彼女(シルヴィア)を産んですぐに他界している上に、彼女の出生に愛も何もありません。ただ欲の捌け口がたまたま子を生しただけです」