社長と極上の生活
左手が痺れていたのだろう。
抱き締めたことで鋭い痛みが走ったようだ。
歪んだ表情が解けるのをじっと待つ。
すると、苦笑しながら顔を上げた杏花と視線が絡む。
「昨日は運んでくれて、ありがとっ」
「どう致しまして」
やっと杏花が笑顔に戻った。
久しぶりの目覚めはプチトラブルはあったものの
やっぱり愛妻を抱き締めて目覚めるのは最高だと実感する。
今日一日頑張れそうだ。
*
「行って来ます」
「いってらっしゃい」
出勤するため、玄関先で愛妻を抱き締めると
「っ……」
何故か、体を少し強張らせ、
俺に体を預けるのではなく、
俺の胸に額で突くような形で体の間に距離が出来る。
どこか痛む所でもあるのだろうか?
「要っ、ごめんねっ。しゃっくりが出そうだったから」
「……あ、ん」
苦笑する彼女の髪を一撫でして、
『謝らなくていいよ』と伝えたくて優しく頷く。
杏花はすぐ謝ろうとする。
別にしゃっくりだろうがくしゃみだろうが俺は気にしないのに。
エチケットなのか、旦那にまで気を遣う妻。
いつになっても彼女の性格は変わらず、
相変わらず、お淑やかで心根が綺麗すぎる。