【超短編】湖
‐貴様は、何者だ。
少々怒気を含んだ、特別高くもなく、低くもない、
曖昧な高さの声が脳内に響いた。
まさか、そう思って恐る恐る顔を上げれば、あの鳥のような生き物が、
こちらをジッと見つめていた、羽と同じ真っ赤な色の瞳で。
もう一歩近づこうとしたが、身体が動かせなくなっている事に気づいた。
試しに、あー、と声を出す。
「声は出るんだ…」
少し安堵したところで、また質問。
‐貴様は、何者だ。どうやって此処へ入った。
まるで此処へ足を踏み入れた事が、罪でもあるかのような物言いに、苛立ちを覚えながらも、
「普通に散歩してたら、赤い鳥居をみつけて、入ったら…」
‐フ、ハハ。妙な事もあるものだ。
まあでも、何百年も生きていれば不思議な事の1つや2つ起きても、おかしくはないか。
前までは‘巨万の富’という言葉に目が眩んだ愚か者ばかり、
此処に入って来たのでな。
警戒してしまった、許せ、若者よ。
「はぁ…?」
一気に色んな事を話されて、頭が着いていかない。
‐お前の親も、祖父母もまだ生まれていない程、昔の事だ。
それより、と鳥が言った。
いつの間にか、身体は動かせるようになっていた。
‐それより、こちらへ寄ってこれを見てみないか。
羽で湖の水面を指差す姿が、可愛らしくて、クスッと笑ってしまった。
「ああ、是非見てみたい。」