『鬼』
遺書?
なんだか遺書みたくなってしまいました。
私はそっと筆をおいて、誰に渡すと決めたわけではない書を懐へ納めました。
先日届いた文には、日程や決め事が書かれていましたが、
とても簡潔で当主がどういう鬼なのかは全くわかりませんでした。
母は、文が届いた日、自分の姉や、
名家の友人のことも思い出し涙していました。
自分の娘が鬼の元へ行くという現実もそうですが、
この過酷な別れを何度も経験しているうえに
自分にはどうする力もないことをどんなに嘆き、苦しんだのでしょう。
私で最後にしてあげたい、もう母の涙も父の苦しい顔もみたくありません。
もちろん、嫁いでからの音沙汰はないのだから無事かどうかもわからず。
そうして母を苦しめ続けているわけです。
私もそうなることがわかっています。辛いことですが。
父にとってはこれが初めての経験です。
初めて出来た我が子が得体の知れないヒトならざる者の元に嫁ぎ、
もう二度と会うことが出来ないというのは
言葉に表せないほどの悔しさだったのだと思います。
一族の為とはいえ子供は何にも代えがたいはず。
毎晩泣き崩れていたことを私は知っています。
弟たちは幼くて、事の次第を理解出来ていませんでしたが、
日々変わる屋敷の空気を敏感に感じ、肩を落とす日が続いたこともありました。双子の弟・大夜(たいや)は同じ年だから、わかっていたと思います。
口数の少ない子だから、言いたい事はなんとなくわかりました。
だから私は、全てを受け入れる覚悟が出来ています。
こんなにも愛おしい家族を自分が守れるなら、と。