ある男女の恋愛事情
伊吹くんから漂う柔軟剤の香りがあたしの鼻腔をくすぐる。
伊吹くんの…匂い。
「っ」
何ときめいてるんだ自分。
忘れちゃ駄目、
あの時言われた言葉を。
〝だからもう好きとか
そういうの二度と言わないで〟
――ズキン。
うん、分かってるよ。
もう二度と言わないよ。
だから、好きでも告白なんてしないし
あからさまに態度にださない。
「四つ矢やろーぜ」
「え。あたしアレ苦手」
「だからやるんだよ」
ガチャリ、音がして鍵が開く。
伊吹くんは扉を引くと、あたしに先に入るよう手でシッシと払った。
乱暴な素振りなのに
ちゃっかり紳士的だから、
……困る。
そそくさと中に入り電気を付け、お互い自分の弓や矢の準備に取り掛かる。
聞こえるのは時計の針の音と
お互いの準備をする動作の音だけ。
校内の一番端にあるため
野球部の声すらここには届かない。