ボレロ - 第一楽章 -
糸口に繋がるきっかけは、ほんの些細なことであることが多い。
自分から滅多に連絡などしない母が、電話をくれたことが発端だった。
弟夫婦が家に来るから一緒に食事でもどうかと言われ、すぐに珠貴の顔が浮かんだ。
義妹に聞けば彼女のことがわかるはずだ。
いつもなら家族との会食など面倒だとばかりに断るのに、「わかった。行くよ」 と告げたため、お袋は相当驚いたらしい。
「宗さん、おかえりなさい。たまにはこうしてお顔を見せてちょうだい」
「ただいま。そうだね、顔をみせないと息子の顔も忘れる人がいるらしい」
「忘れませんよ」
歳の割には愛らしい表情をするんだなと、自分の母親に感心しながら、手元の包みに目がいった。
「華道の会に行ってきたの。久しぶりにお会いした方と立ち話をしていたら、帰りが遅くなってしまって」
「お母さんでも井戸端会議をするんだ」
「井戸はなかったけれどね。ふふっ、女は立ち話で情報交換をするものよ」
どこかで聞いたような台詞が出てきて、つい軽口を叩いた。
「立ちながら、離婚の相談でもされた?」
「宗さん、よくわかったわね」
「えっ?」
互いに顔を見合わせた。
いつもの会話とは違う方向へいきそうで、私も母にも戸惑いの笑みが漏れた。
「まさかとは思うけど、話し相手はサカキに関係のある人だったりする」
「えぇ……ますます驚いた。あなた、どこから私を見ていたの?」
言った自分の方が驚いた。
母親の口から、今最も知りたいことを聞こうとは思いもしなかった。
立ち話の相手は、娘夫婦のことで悩んでいると母に愚痴をこぼし、「話の流れで坂城さんのおうちの話になったのよ」 と、母は言いにくそうに教えてくれた。
人の噂などしない人だと思っていたが、女の集まる場所に行けばそうもいかず、踏み込まない程度に話に付き合ったそうだ。
「宗さんがそんなこと言うなんてどうしたの? 坂城さんと何か」
仕事で繋がりがあるのだと告げると母は納得したようで、坂城さんもお気の毒ねと、母らしい心配の仕方でその話は終わったが、思いがけないことを言い出した。
「宗さん、須藤さんのお嬢さんをご存知? 宗一郎さんによろしくお伝えくださいと、先日お会いしたとき、そうおっしゃって……」
隠すこともないだろうと、須藤珠貴との出会いを母に伝えると、
「まぁ、そうだったの……珠貴さんにお目にかかったら、お礼をお伝えしておかなくてはね」
母親らしい答えが返ってきた。
「珠貴さんにふさわしい方が、なかなかいらっしゃらないようで……
お母様も心配してらしたわ。どちらも大変ね」
「彼女、結婚相手を物色中?」
「なんですか、物色なんて。あちらは、珠貴さんがお父様の跡を継がれるの。
お相手の方は次期後継者ですもの。それが大変だと言ったんですよ」
「養子を物色中か……なるほどねぇ」
「ですから、その言葉はおやめなさい」
こんなやり取りをしている中、弟夫婦が到着して話はそこまでとなった。