ボレロ - 第一楽章 -
「ごめんなさい。言い過ぎました……
でも、珠貴さんには聞いて欲しかったんです。
兄の本当の姿をわかって欲しかったから」
「ありがとう。お聞きして良かった……宗一郎さんは優しい方だもの。
お相手の方の立場をお考えになったのね」
「優しすぎるんです。それに、本当は繊細なのに絶対に弱みを見せないし、
素っ気無い言い方しかできなくて、誤解されることも多くて……
でも、珠貴さんはわかってくださっているみたい。
兄のこと、よろしくお願いします」
「こちらこそ、お願いします。静夏ちゃんと呼んでもいいかしら」
強張った顔が柔らかくなり、嬉しそうに頷いた。
「静夏ちゃんとこうしてお話できること、私も嬉しいの。
お兄さまは……宗一郎さんは、私にとって大事な方だから」
兄思いの彼女にとって、離れて暮らす宗一郎さんがよほど心配だったのだろう。
手をそろえ律儀に頭を下げる静夏さんの目は、薄っすらと潤んでいた。
「宗一郎さんとお会いしたのは偶然だったのよ。
お兄さまが乗った車が故障して立ち往生していたところに、
私が通りかかったの。
いつもならそのまま通り過ぎるのに、気がついたら声をかけていたわ。
お困りでしょう、よろしければお送りしましょうかってね」
「珠貴さんのような方に声を掛けられて、兄も驚いたでしょうね」
「ところが、そうでもなかったわね。助かりますと嬉しそうにおっしゃって、
ためらいもなく私の車に乗ってきたのよ」
「まぁ、遠慮のないこと」
「ふふっ、そうなの」
私たちは顔を見合わせて、楽しい笑みを浮かべた。
「それから、何度もお会いする機会に恵まれて、お話するようになって、
食事に誘っていただいて、少しずつ距離が近づいていったわ。
宗一郎さんは、気持ちが楽に寄り添える方なの。でも、私たちは……」
「わかっています。珠貴さんがどんな立場の方か……でも、お願いです。
兄のそばにいてください。良い方法があるはずです。きっと」
真剣な目が諦めるなと訴えていた。
「叔父に同じことを言われたのよ」
「知弘さん……ですか」
「えぇ……」
彼女の口から、知弘さん と、叔父の名前が出てきたことが驚きだった。
私だけが許された呼び方だったはず。
どうして静夏さんが、こうも親しげに叔父の名前を口にしたのか。
違和感をおぼえながら彼女への返事を探っていると、歩み寄る足音に二人とも
顔を上げた。