ボレロ - 第一楽章 -
『シャンタン』 を出てすぐ、珠貴の携帯が鳴り、仕事上のトラブルがあった
のか、込み入った内容が聞こえてきた。
急ぎ解決しなければならないけれど、電話で済むことなので先に行ってて……
と小声で私に告げると、珠貴はエレベーターホールの隅に行き電話の対応に
戻った。
「来月も、また同じ日にお願いします」
「かしこまりました。お待ち申し上げております」
エレベーターまで送ってくれた羽田さんに来月の予約を頼み、承知したとの
返事があったが、羽田さんの顔はまだ何か言いたげだった。
「あの……このようなことを申し上げるのは……」
「遠慮なさらず言ってください。気になるじゃないですか」
「お二人のご様子がずいぶんお変わりになられたので、
良いお話が進んでいるのではと思いまして……」
「そう見えましたか……そうなればいいのですが、現実は厳しいですね。
でも、いつかはと思っています」
「さようでございますか。安心いたしました。差し出たことを申しました」
「いえ……ありがとうございます。
羽田さんに見守ってもらえれば心強いですね」
何もかも承知したというように深い微笑をたたえると、老ギャルソンは
深々と頭を下げた。