ボレロ - 第一楽章 -
珠貴に再会したのはそれからまもなくのこと、ホテルの上階に行こうとエレベーター前に立っていたときだった。
開いたドアから飛び出すように珠貴がでてきた。
一人ではなかった。
付きまとう相手を振り切れず、私の顔をすがるような目で見た。
「須藤さん」 と言いかけて思い直した。
「珠貴じゃないか、どうした」
「宗さん、迎えに来てくれたのね。ちょうど帰るところだったのよ。
木田さん、ここで失礼します」
歩み寄るとさっと私の腕に手を絡ませ、引っ張るように歩き出した。
なんとなく事情を飲み込んだ私は、残された男に軽く会釈をして珠貴に従った。
ロビーを過ぎて地下駐車場の入り口まで来ると、ようやく彼女の足が止まった。
「助かりました。ありがとうございました」
「いや、こちらこそ。とっさに名前を呼んでしまった」
「いいえ、あれでよかったんです。本当にしつこくて……」
「彼?」
「まさか。あちらが一方的に……」
「君みたいな人、モテるんだろうね」
「冗談はやめてください。あちらが欲しいのは私ではないの、私の持っているものが欲しいだけ。
そんな人、お断りだわ」
「君の持っているものか……夫になるしかないな」
「近衛さん、勘のいい方ね」
カンカンと靴音が響いてきた。
音に振り返ると、さっきの男が血相を変えて走って来るのが見えた。
私たちを追いかけてきたのだろう、男は息を切らせながら罵声を浴びせた。
「二股かけていたのか! ひどいじゃないか」
珠貴が何か言いかけたのを制して、彼女の前に立った。
「二股、結構じゃないか。それに、君と私だけじゃないようだよ」
「なんだと! あとから入ってきて何を言う」
「あとも先もない、選ぶのは彼女だ。男は選ばれるだけさ。珠貴、行くぞ」
言い返せずわなわなと怒りに震える男を残し、彼女の手を取ると待たせておいた車に押し込んだ。
あまりにも早く帰ってきた私に運転手は驚いたが、珠貴に一礼するとエンジンをかけて車を発進させた。