ボレロ - 第一楽章 -


静夏が何を言ったのかわからないが、悪いことではなさそうだというのは

珠貴の顔から察しがついた。


「ふふっ、いいわ。教えてあげる。

私と宗が、こうやって膝枕をする仲だってこと」


「膝枕だけじゃないだろう」


「そうね、静夏ちゃんには、全部お見通しかもね」


「だろうな」



髪に右の手を差し込み前髪をかきあげながら、左手は私の右手を握っている。

何か聞きたそうにしているが、言葉にしようかやめようか迷っている、

そんな顔だった。



「黙っているなんて君らしくないね。俺に聞きたいことがあるんだろう?」


「えぇ……理美さんのこと……彼女と一緒の席に居合わせて、

あなたと婚約していた方だとわかったの」


「そうか」


「私が静夏ちゃんに聞いたの。私が気になったから……ごめんなさい」 


「謝る必要はないよ。珠貴の気がすんだのなら、それでいい」



髪をすく手が止まり、じっと私を見つめていたが、小さく息を吸うと

思い切ったように口を開いた。



「宗は理美さんこと、大事に思ってたって聞いたわ」


「あぁ……」


「宗の気持ちを考えたら、私……」


「……もう終わったことだ。珠貴が気にすることじゃない」



苦しそうに折りたたんだ珠貴の体が覆いかぶさり、私の胸の上で小刻みに

揺れていた。

楽しいことを共有するのもいいが、苦しさを分かち合うことも、ある意味

心地良いのだと珠貴の体の重みが教えてくれた。
 


「ねぇ、理美さんの膝も借りたの?」


「いや……」


「じゃぁ、私だけね。あなたのこんな顔を知ってるのは」


「そうだな」


「良かった。ちょっとだけ彼女に嫉妬してたの」


「嫉妬か……男にとっては媚薬だね」



エレベーターの中で、人目を気にしながら手を握り合ったときから、

それは始まっていた。

食事の間のエスプリの聞いた会話が気持ちを高め、隠し事を少し見せたことで

嫉妬が加わった。

それらは、これから始まる時間のための戯れだった。


体の隅々にまでいきわたった欲望を引き出す時がきていた。

私の胸の上で悩ましげな顔をしている珠貴の体を、ゆっくりと引寄せ

抱きしめた。

 




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