ボレロ - 第一楽章 -
「彼女は中学高校と仲のいい友人でした。家にもたびたびお邪魔していました。
ご両親も優しくて、素敵なお兄さまもいらして、上のお兄さま、
どことなく宗に似てるんです。
言葉はちょっと乱暴で口数も少ないのに、とても優しい人で……
会うたびに惹かれていきました」
そう言って笑っていた顔が、次の話から曇り泣き出しそうになってきた。
「友人のお兄さまのことが、大好きで大好きで、友人を巻き込んで
お兄さまが住むマンションに押しかけたりもしました。
迷惑そうな顔をしながらも私たちを迎えてくれて、それが嬉しくて……
でも、それも短い間だけ……彼女がテロに巻き込まれて……
犠牲になってしまって……
不幸って、どこにでもあるんですね。今でも信じられません」
お兄さまの呼び出しに街中に出向いたお友達は、そこでテロに巻き込まれ
犠牲になった。
責任を感じたお兄さまは自分を責め続け、警察庁に身分があったがICPOに
出向し、家族からも静夏ちゃんからも遠ざかったのだという。
「兄が……潤一郎の方です。仕事で彼と繋がりがありました。
だから彼の消息はわかっていたけれど、心を閉ざしているみたいで……
ずっと連絡がなくて、あるときやっと電話をもらったのに、
君のことは妹と同じくらい大事な人だと言われました……
彼にとっては 私は妹さんと同じ、想いは一方通行だと知らされたんです。
辛くて辛くて、諦めるように頑張ったけど……」
「あきらめられなかったのね」
泣き笑いになった顔が 「そうです」 と寂しく答えた。
諦めきれず追いかけていったものの、入れ違いに彼は帰国し、テキスタイルの
勉強を始めたばかりの静夏ちゃんは帰国するわけにも行かず、すれ違いのまま
二年が過ぎた。
その後、仕事で欧州に渡った彼にようやく再会したものの、彼の心には
すでに別の女性が存在していたそうだ。
その女性は警視庁に勤務していた。
「私の気持ちを知っていながら、彼女に渡して欲しいと品物を託したんですよ。
ひどいでしょう? そんな物、捨ててしまおうかって思ったくらい」
「でも……会いに行ったのね。彼女に渡すために……」
「警視庁の刑事をしてる女性って、どんな人だろうとずいぶん想像しました。
彼に似合わない人だったら、絶対に認めないつもりだったから」
真っ直ぐ私を見ていた顔が少しだけ傾き、薄く笑った口元が震えながら言葉を
続けていた。