ボレロ - 第一楽章 -
二週間後、私は知弘叔父を見送るため成田に来ていた。
同じ日に出国する静夏ちゃんを見送るため宗も一緒だったのだが、
二人が同じ日に日本を離れるのは偶然だったのか、そうでないのか。
答えを聞くのが躊躇われて確かめることができずにいた。
「今回はいつになく長く滞在しましたが、それだけ充実していたし
得るものも大きかった。君たちともこうして繋がりがもてたからね」
「私もです。こちらに戻られたらまたお話を聞かせてください。
妹がお世話になりました。ありがとうございました」
律儀に頭を下げた宗に、叔父はこんな言葉を残した。
「君と珠貴は期限付きの交際だそうですね。
二人で決めたことならそれもいいでしょう。
君たちは僕よりよっぽど大人なのかもしれませんね。
僕にはそんなことはできないな」
宗の顔色が変わり、それはどういうことでしょうと問いかけたが、
叔父は言葉を重ねて彼の声を消した。
「僕は僕の気持ちに正直でありたいと思っています。
静夏さん、君はどう思う?」
「私もそう思います」
迷いのない返事だった。
問いかけようとした宗の言葉を、またも遮るように
「今日はありがとう。じゃぁまた」 と簡単な別れの言葉を残して、
叔父と静夏ちゃんは出発ゲートへと歩き出した。
叔父が手を差し出すと、静夏ちゃんははにかんだ表情を見せたあとその手を
握り返した。
繋がれた手に微笑んだ叔父は、さっと引寄せると彼女の頬に軽いキスを
のせたのだった。
「知弘さんったら、あなたが見てるとわかっててあんなこと。ごめんなさいね。
ホントに困った叔父だわ。ねぇ、これから……」
「珠貴、話がある。運転手には先に帰るように言ってもらえないか」
「えっ? えぇ、それはいいけど、どうしたの? 何か」
「どうしたって? それはこっちが聞きたい!」
宗の大きな声に、私は体全体が縮む思いがした。
近くにいた見送り客も同じだったようで、一斉に好奇の目が向けられた。
乱暴に私の手を掴むと、それらの目を振り切るように宗は歩き出した。
何が彼の機嫌を損ねたのか。
静夏ちゃんと知弘叔父のことだろうか。
それとも、まったく別の理由があるのか……
出発ロビーから長いエレベーターを降りる間も、掴んだ手首を離すことなく、
一段下にいる宗は前を向いたままだった。
『近衛です。ラウンジの個室をお願いします……いえ、食事は結構。
コーヒーを用意してください。あとのサービスは無用に願います』
片手に持った携帯で部屋の予約をしているのだろうが、その声には棘があり
冷たさまで伝わってくる。
”兄なんて機嫌の悪いときだけ言葉が丁寧なの”
静夏ちゃんの言葉通りなら、宗の機嫌はすこぶる悪いようだ。
手首を締め付けられる痛みに 「離して……」 と言いたかったが、
声を出すのが躊躇われるほど、彼の後姿には怒りが滲んでいた。