ボレロ - 第一楽章 -


彼女の問いただす目を避けるために立ちあがり、今しがた閉めたばかりの

ブラインドをまた開けた。

すでに藍色に染まった空には闇が垂れこめていた。 

外の暗さのためガラスに自分の姿がくっきりと映り、背に立つ珠貴の表情まで

映し出している。

彼女の顔が見えるということは、向こうも私の表情が見えているということ

でもある。

前を見ながら、ガラスに映った珠貴に向かって話を続けた。



「そのときがくるまでと確かに言った。

だが、君がそんな風に受け取っていたとは心外だったよ。

まさか別れを前提に付き合ってくれていたとはね。

俺のやってきたことは滑稽だったってことか」


「滑稽なんて言わないで。縁談の相手の情報をくださいとお願いしたのは

私の方だわ。 

断れるだけの情報を集めていただいて、どれほど助かったか。

でも、私の知る前に握りつぶしたなんて、そんなこと……」


「そんなこと許せないか。情報操作をしたも同じだからね。

だが、後悔はしてないよ。

と、意気込んでいたのは俺だけだったのか。

後悔するほどの価値もなかったってわけだ」



ガラスに映った珠貴の顔は苦痛に満ち、唇が小さく震えている。

しばらくの沈黙のあと、震える声が聞こえてきた。



「どうしてそんなことをしたのか、お聞きしたいわ」


「わけなんていくらでもある。箇条書きにしたっていい。

なんなら書類にまとめて送ろうか。 

これこれこうですと文字にすれば、君にもわかってもらえるだろうからね」


「お願い、そんな風に言わないで」



珠貴は顔を覆い、掠れた声で訴えてきた。

大人気ない言い方をしてしまったと思いながら、詫びる言葉を口にできずに

いた。

感情的になってはいけないと思うのに、私の口は嫌味なことばかりを並べ

立てていく。

珠貴を追い詰め、悪いのは君の方だと言わんばかりの口調になっていた。

こんはずではなかった。

もっと冷静にならなければ…… 

気持ちを建て直し、彼女に向き合うために、私はふたたびブラインドを閉め

体の向きを変えた。



「初めて会った日のこと、覚えてるか」


「えぇ、覚えているわ」


「あのときの君の印象は強烈だった。

強い眼差しで俺を見て、自分の意見を堂々と述べた。

女性に潔さを感じたのは初めてだった。面白い女性と出会ったと思った……

君と関わりを持ち続けたいと思った」


「私もそうよ。あなたは、それまで会った男性のどのタイプでもなかった。 

硬さと柔らかさが同居した人だと思ったわ」


「君に会いたくて偶然を装った。

さもそこに居合わせたように振舞ったことが何度もあった。 

榊ホテル東京の見合いのときもそうだ。

君が見合いだと知らせてくれた狩野の電話で、俺は会社を飛び出した」


「狩野さんのホテルというと、野島さんのとき……」


「そうだ。野島の情報をかき集めて、はやる気持ちを抑えて、

何食わぬ顔で君の前にあらわれた」


「そうよ、どうして宗があの時刻にあの場にいるのか、

おかしいと思ったのに、自分のことが精一杯だった。

都合よく姿を見せたあなたの言葉を、私は信じたわ」


「ほかにも?」


「あぁ、数え切れないほどね」



珠貴は驚きながらも、思い当たることがいくつもあったのか、

あの方のときもそうかしら。この前もそうだったの? と思いつく限り並べ、

私に確認していく。

そのたびに、私は首を縦に振った。



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