ボレロ - 第一楽章 -
「珠貴の立場はわかっている。俺も同じ立場だ。
どうにもならないと思いながら、どうにかしたいと思った。
横槍を入れるくらいなんでもなかった。
君に縁談相手の不利な情報を渡して、話が壊れればそれでよかった。
子どもじみたことをやっているとわかっていながら、
何もせずにはいられなかった。
君と俺の間に入り込むヤツがいるのが許せなかった。
君に近づく男をすべて払いのけたかった……」
本音を吐き出し、今まで隠してきたことをすべて告げていた。
もう隠すものなど何もない。
私の告白に驚きながら、珠貴の目はまっすぐ私に向けられていた。
「ずっと私を見ていてくれたのね。嬉しい……
嬉しいけど……あなたの気持ちに応えることができないわ。
私、どうしたらいい? ねぇ、どうしたらいいの」
彼女との数歩の距離を大きく踏み出し縮めると、珠貴の唇へ挑むように
口づけた。
目尻から伝わる涙で濡れた唇を何度も含んだ。
珠貴の手が私の背をしっかりと抱き、私も彼女の頬をはさんだ手を離さない。
いったん放してしまえば、彼女が腕の中から飛び立ってしまいそうな気がした。
珠貴の体から急に力が抜け、急ぎ腰を支えた。
そのままソファへと連れて行き、座らせた。
「宗ったら、少し加減をして欲しいわ。気を失うかと思ったじゃない」
「君もかなり情熱的だったよ」
「だって、あんなことを聞いたあとだもの……女にとって最高の告白よ」
「そうあってほしいね。全部ぶちまけたんだ。拒まれたら立ち直れない」
こぼれた涙を拭ってやると、濡れた目元が優しく微笑み、脱力したように
私に体を預けてきた。
「私の話も聞いて……いまなら正直に話ができそう」
「あぁ、ちゃんと聞くよ」
「だから怒らないでね」
「わかった、約束する」
一旦預けた体をもとに戻すと両手で髪を整え、珠貴は私をじっと見据えた。
「あなたは須藤の家の跡を継ぐ娘だから、決められた人と結婚するのだと、
そう言われて育ってきたの。
小さい頃から何の疑問も持たなかったわ。
私の前に現れる男性は、結婚相手になるのか、
そうでないのかが判断の基準だった。
だから私には自由な恋愛は許されないと思っていたの。
好きになった人が私の条件にあえばいいけれど、まず望めないわね。
でもね、これまでに一人だけいたのよ。その条件に見合った人が」
「今はいないってことは、続かなかった……」
「結果的にそうなるわね。学生の頃の話よ、先輩だったわ。
好きになってのめり込んで、彼とこれからの未来も重なっていると信じていた」
「もしかして、空港デッキに誘ったヤツって」
「えぇ、そうよ。いい勘してるわ」
そんなことを褒められても何も嬉しくはない。
むしろ、珠貴とかかわりのある男の話を聞くのは、あまりいい気分では
なかった。
「彼、卒業して他社に入社したのに 『SUDO』 に入ってくれたの。
私が父に紹介したからよ。私のパートナーになる男性は、
ウチの会社の社員でなければならないもの。
彼も、もちろん承知の上の入社だったわ。
そのまま順調に経営のノウハウを学んで、
いずれ父の片腕になる人だと思ってた」
「でも、そうじゃなかった」
「自分には重過ぎると言い出したの。一度そういう思いにとらわれると、
何もかもが背負う運命のせいだと考えてしまうのね。
別れを切り出して、彼は姿を消したの」