ボレロ - 第一楽章 -
「これまでどんなことを考えたのか、聞いてもいい?
いろいろ模索したんでしょう?
私に思いつくのは、両社の合併くらいよ」
「そうだな、俺も企業合併をまず考えた。だがすぐに棄却した。
合併のメリットがないのに役員が承知するはずがない。
仮にそんな話が出たところで、どちらが吸収するのか、その点でもめるだろう。
どちらも従うのは嫌だと思っているはずだからね」
「そうね、規模から言えばうちの方が飲み込まれてしまうわ。
父はまだしも、叔母達が黙っていないでしょうね」
そうなったら私、親族中から恨まれるわね。実家を失うかもしれないわと、
珠貴は寂しそうに笑った。
「君のほかに後継者を考えた。妹がいるだろう、叔父さんだっている。
だがどちらにも無理があるようだ」
「妹はまだ学生だから問題外ね。
あなたの言う叔父は知弘叔父のことでしょうけれど、あの人は自由な人だもの。
組織に縛られたくないと思うでしょうね」
「その通りだと思う。ほかには、こんなことも考えた……」
現実的な提案から、どう考えても実現しそうにない突飛な案まで、私が考えた
あらゆることを並べていった。
腕の中の珠貴は、時には大きく反応し、時にはおかしそうに噴出しながら
聞いていた。
「こんなところだよ。残念ながら、どれひとつ実現しそうにない」
「その気持ちだけで充分よ」
「それじゃ困るだろう、だから」
珠貴の唇が私の口に触れるところまで近づいてきた。
唇の先を触れたまま 「ありがとう」 と彼女の口が動いた。
「宗の話を聞いていたら、何とかなるんじゃないかと思えるようになったわ」
「何とかしてみせるよ。絶対にあるはずだ、見つけ出してやる」
えぇ、わかったわと、嬉しそうな顔をした珠貴が、上目遣いに聞いてきた。
「ねぇ、わかってる?」
「わかってるって、なにを」
「宗、いま、とても大事なことを私に言ってくれたのよ」
「そうさ、大事なことだ」
「そうじゃなくて……これはプロポーズよ、わかってる?」
「そうだね、そういうことになるのかな」
「もぉ、ほらわかってない。ついでみたいに言わないで」
頬を膨らませ睨むように私を見たが、その目は真剣に怒ってはおらず、
むしろ嬉しそうだった。
「その時がきたら、もう一度伝えるよ」
「わかったわ。じゃぁ……
そのときまで、これまでのようにおつき合いしてくださる?」
「もちろん」
「本当?」
「ウソを言ってどうする」
「……良かった……」
重なった唇から、どちらの言葉ももれてくることはなかった。
先ほどの抱擁とは別人のように、優しい手が私の背を行き来している。
彼女が私の腕の中から飛び立つ心配はなさそうだが、安心したばかりの私に、
「ひとつだけ気がかりがあるの」 と、不安をもらしてきた。
声をひそめ、誰にも聞かれないだろうに私の耳元に口を寄せ気がかりなことを
告げてきた。
父親の須藤社長の健康に不安があるらしく、次第によっては父親が会長職に
退き、常務である二番目の叔父が社長を務めることになるかもしれない、
ということだった。
「父と叔父は何かと対立してきたの。
もし叔父が社長に就任したら、経営そのものの見直しがなされるはずよ」
「なるほど、だから須藤社長は君のことを急ぐのか。わかった」
須藤社長の健康不安はまだ公にされてはおらず、社内でも極秘事項という
ことだった。
こちらも早く手をうたねばならない状況であるということでもある。
珠貴の手を強く握り、心配するなとぬくもりで伝えた。