ボレロ - 第一楽章 -
平岡のメールに気がついたのは、空港駐車場に向かう途中だった。
いつもは短文簡潔な文章なのに、珍しく長文だった。
『今夜は男のメンツより優先する用があったようですね。
大体の予想はつきますが……相手はショートカットの美人でしょう。
近衛先輩は、発熱のため会合を欠席と届けておきました。
くれぐれも夜の街に出没されませんよう、お願いいたします。
心配した狩野先輩に、近衛は大丈夫かと詰め寄られて、
ごまかすのが大変でした。この借りは大きいですよ!』
「しまった」 と大きな声をあげた。
今さら繕うこともできず、珠貴に大学の同窓生の会合を忘れていたと
打ち明けた。
「宗も忘れることがあるのね。安心したわ」
「こんなことは初めてだよ。はぁ、平岡に弱みを握られるとはね。
明日の朝、こう言うに違いない ”昨日は楽しい夜でしたか” って、
優越感に満ちた顔でね。
アイツには借りを作りたくなかったのに」
「平岡さんと蒔絵さんに、クリスマスディナーのプレゼントはどうかしら。
『シャンタン』 のディナーなら喜んでくださるはずよ」
「今から予約は無理だよ。えっ、俺たちの分を譲るのか?」
「そう、助けていただいたんですもの。それくらいはね。
私は宗と一緒に過ごせるならどこでもいいわ。
そうだ、あなたのマンションに伺ってもいい?」
「俺の部屋は何もないよ。ツリーどころか飾りひとつない。殺風景なもんだ」
「嬉しい、飾る楽しみがあるわ。ねっ、そうしましょう」
こちらの思惑などお構いなしに、あれこれと楽しそうにクリスマスの計画を
立ていく。
「ひろさんもご一緒にどうかしら」 と繋いだ手を握り締めて
提案してきた。
笑顔で同意を示すと、二人でひろさんにプレゼントを用意しましょうと、
新たな計画が加わった。
”そのときまで恋愛を楽しむことにしたの”
切ない思いを口にした、哀しげな珠貴の顔はどこにもない。
この顔をふたたび哀しみで曇らせたくないと強く思った。
夜の空港に、飛び立つ飛行機の轟音が響き渡る。
珠貴は誰にも渡さない。
音に紛れ、心に決めたことを小さく声にした。