ボレロ - 第一楽章 -


仕事の手を休め、引き出しを開けて箱の存在を確かめて安心すると、

すぐに閉めた。

真っ白い箱に入れられたリングには、私の好きな色の石が埋め込まれている。

取りだして指にはめたい衝動を抑え仕事に戻ったが、箱の中が気になって

一向に仕事ははかどらない。


昼休みになり、誰もいなくなった部屋でふたたび引き出しを開け、ようやく

箱を取り出しリングを指にはめてみた。

リングをもらって三日もたつのに、毎日同じことをくり返している。

本当はずっと指にはめていたいけれど、自社ブランドではないこともあり

同僚達に遠慮があった。

サイズ直しなど必要なく、私の指にピッタリと収まっている。

サイズがわからなかったから標準的なサイズの物を用意してもらった。

サイズ直しはそっちでやってくれと、やや乱暴な口調で説明しながら、

宗がクリスマスの夜渡してくれた。

プレゼントがリングだとわかり、すぐにでも箱から出して見たいのに、

彼は 「あとでゆっくり見て」 と意地悪を言う。

渡したばかりの袋を私から取り上げるとテーブルの上に置き、体を引き寄せた。



「今夜はあまり時間がないの」


「少しは時間があるってことだろう? 

サンタの役目は、昨夜終わったはずだが」


「そうだけど……」



このまま帰すのは嫌だなんて、ゾクッとするような台詞が宗の口から出る

頃には、私は彼にすべてを委ねていた。



ジュエリーショップのロゴ入りのリボンがかけられた箱を開けたのは、

宗の腕から開放された

クリスマスの明け方だった。

日本へ上陸間近だと言われているブランドは斬新なデザインで知られ、

誰もが気軽に身につけられる物ではなく価格もかなり高価だ。

国内では入手困難なジュエリーのひとつで、宗は海外で求めたはず

だけど、いったいどんな顔をしながらこの買い物をしたのかしら。

私のためにジュエリーショップに出向いてくれた宗に感謝しながら、その姿を

想像してふふっと頬が緩んだ。

宝飾の仕事に就く私に贈ってくれたと言うことは、このブランドには見出す

何かがあると見越してのことだろう。

去年のイヤリングのように、私の立場を一転させるような何かが潜んで

いるのかも……

指のサイズはわからなかったなんて言っていたけれど、きっと蒔絵さんに

聞いたのね。

右手を空にかざしてみる。

このデザインなら、普段使いのアクセサリーとして身につけてもらえるのでは

ないか。

そうかといって地味ではなく、華やかな装いでも充分にお洒落を楽しむリングと

して通用する。


宗から贈られたリングを見つめながら、商品開発のために頭が動き出した。

ワーカーホリック気味の自分に呆れながらも、溢れるようにわいてくる

アイディアをとめることができないほど、リングは刺激的なフォルムだった。

美しいデザインに見とれ、指にはめたところを宗にも見てもらいたくて、 

今夜会えないかとメールしようと携帯を手に取ったとき、

「室長、お客さまです」 と呼ばれ、慌てて携帯をしまった。



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