ボレロ - 第一楽章 -
来客は父の妹の可南子叔母だった。
『SUDO』 の専務である人を夫に持ち、専務夫人として会社でも顔を
知らない者はいない。
訪ねてきた用件は叔母の義母へ贈るネックレスの依頼だったのだが、
二人だけでお話しがあるのと、半ば強引に私をランチに連れ出した。
「珠貴さん、そろそろお考えになってね。結婚のこと」
「叔母さま、考えるも何も、お相手がまだ……
今は仕事が楽しくて、当分このままでいいと思っていますの」
「まぁ、おっしゃること。
お相手は、お父さまがお決めになっていらっしゃるでしょう。
お父さまのお体のこともありますもの、急ぎませんと」
「父が決めたって、叔母さまご存知ですの?」
「えぇ、ご相談をいただいて、私の方で調べておりましたから」
叔母は親族の中でも情報通として通っていた。
社交的な性格から友人も多く、縁談を頼まれることも少なくないのだと母から
聞いている。
従姉妹たちの縁談が持ち上がると相手を調べあげ、相手側に落ち度を
見つけるやいなや、たちまち破談へと持ち込んでしまう。
逆にこちら側に有益な相手とわかれば、相手側にさっと取り入って、
自分が縁談の段取りを進めてしまうのだ。
強引とも思えるやり方だったが、叔母の見立てが外れることはなく、
破談になった相手は皆々先行きが曇り縁談がまとまった相手は、成功への
ステップを登っているものばかりだった。
それゆえ、自分の目に自信を持っているのだろう。
私の事も、どこまで調べているのだろうかと探りを入れると、
「珠貴さん、この頃お帰りが遅いようですね。
お年頃ですから、もう少し早くお帰りになったほうがよろしいわね」
と、こんな答えが返ってきた。
この叔母には油断のならないところがある。
宗との交際を知られてはいけない。
帰宅が遅いのはデザイン部門の仕事に興味があり、自分でも勉強を始めた
からだと体裁を繕っておいたが、
どこまで叔母の目をごまかしきれたのか自信がない。
叔母へ言いわけを考えるために私のアンテナは閉じられていたのか、
彼が近づいたことに気がつかなかった。
「珍しいところでお会いしましたね」
「櫻井さん」
「まぁ、偶然ですこと。
先日お母さまにお会いして、祐介さんのお話をお聞きしたばかりですのよ」
こんな会話で繋ぎながら、叔母は櫻井さんを同じテーブルに誘ったのだった。
櫻井さんのお噂を良くお聞きしますのよ、最近ご活躍ですね、などと如才ない
叔母の言葉に、彼は軽く笑みを返している。
遠慮することなく彼は私の横へ座り、当たり前のように歓談に加わってきた。
ランチの場所と時間は、周到に用意されていたのだと気がついたのはこのとき
だった。
叔母が櫻井さんに近づいたのか、その逆なのか……
話しぶりからはわからないが、叔母と櫻井さんの組み合わせは用心しなければ
との思いがあった。
どちらかが自分にメリットがあると考え、相手を利用しているのだろう。
叔母は櫻井さんの話に必要以上に大きくうなずき、しきりに感心したような顔で、
櫻井さんは私へ懸命に話しかけつつ、叔母に気遣う素振りを見せている。
何が偶然なものか、私に会えるように叔母が画策したのは目に見えている。
いずれにしても、私の縁談を利用して思惑を運ぼうとする様子が見え隠れして、
叔母への不信が募った。