ボレロ - 第一楽章 -


明るい太陽の降り注ぐ街は、初夏の眩しさに溢れていた。

二年間住んだ街並みは見慣れたものなのに、その風景さえも新鮮に見える

のは、横にいる男性のせいかもしれない。

ネクタイのない彼と一緒に歩くのは何度目だろう、右の指で数えられるほど

しかないはず。

私たちが顔を合わせるのは仕事のあとか、または昼間の偶然に互いの体が

空いたときだけ。

二人の休日が合うことは滅多になく、慌しく逢瀬を重ねることが多かった。



「あれは何?」


「祭りに使う仮面よ。カーニバルの時期には、街頭にフェイスメイクのお店や

貸衣装の店も出るの」 


「珠貴も参加した?」


「もちろんよ。仮装してね」


「どんな仮装をしたのか見てみたかったな」



外出なんて面倒だとグズグズ言っていた人とは思えないほど、楽しげな表情を

浮かべている。

海外にいる開放感もあるのだろうが、思い出したように唇を合わせてくる

仕草などそうで、もう何年もこの街で暮らしているような顔をして、

街中のいたるところで私の唇に大胆に触れてくる。

他人のことなどまったく意に介さないこの国の人たちは、そんな私たちに目を

留めることもないのだが、洒落た男性が多い中でも宗の姿は目立つのか、

振り返る人も少なくなかった。


カジュアルシャツにスラックス、その上に薄手のジャケットだけの装いは、

彼の体に見事に馴染んでいる。

仕事柄大勢の男性客を見てきたが、そのほとんどがブランドのお仕着せに

なっており個性など埋没していたが、彼の着こなしにはブランドに劣ることの

ない主張があった。

メガネを掛け慣れていることもあるが、デザイン性の強いサングラスもよく

似合っていた。

時折、現地の男性から私に送られてくる視線に気がつくと、サングラスの

奥の目が見えるのではないかと思うような凄みを見せ、その視線は相手の

男性が即座に怯んでしまうほどだった。

手をつなぎときには肩を抱き、ときには腰を引寄せ、 私と宗の距離が離れる

ことはなかった。


一度だけ、私がかつて通ったお気に入りの菓子店の前にくると、宗は私の手を

ほどき、ショーケースの中の美しい菓子たちをじっと眺めていた。

宗がこんなに執着するなんてとイタリア菓子に嫉妬したくなるほど、彼の目は

ショーケースの中に注がれ、持ち帰るための菓子選びに真剣な眼差しが

向けられている。

真剣に選んだ菓子を手に入れたのち、ここに住んで毎日通いたいよ、

と言わしめるほど彼を虜にした菓子店からそう遠くない店に彼を案内した。



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