ボレロ - 第一楽章 -
父は何も言わない、縁談に関してはすべて母に任せている。
結婚相手が優秀であれば、娘と相手の相性など二の次で、自分の跡を安心して任せられる人材であれば、どんな容貌だろうと、どんな性格だろうと、娘の好みなど関係なく頭を縦に振るはずだ。
そして、私はそれに従うしかない……
私が男性と一緒だったと、母に告げ口した木田という人に嫌悪感が増した。
やはり、彼の名前を呼ばなくて良かった。
けれど大丈夫だろうか、その気になれば彼の素性など調べるのは簡単なはず。
私のために迷惑が掛かっていないだろうか。
それが気がかりだったが、また連絡をするよと言ったまま今日までの二週間、なんのコンタクトもない。
私のことなど、もう忘れてしまったのだろうか。
二週間という時間の長さは、待ったというほどのものでもないとわかっているのに、私にはとても長く長く感じられた。
礼を期待しているわけではないが、もう一度会いたいと思っている。
ただそれだけだった。
「君は面白い発想をするんだな」
彼は私にこう言った。
女の意見など通用しないと、時代錯誤も甚だしい発言がいまだにまかり通るこの世に、私を認めてくれる男性がいた。
女の意見に真剣に耳を傾け、自分の判断を省みる。
それがができる男性がどれほどいるだろうか。
彼といろんな話をしてみたい、意見交換でもいい、もう一度話ができるだけで……
そういえば、あの日、女性と会う約束をしていたと彼は言っていたけれど、見つかったのだろうか、彼のパートナーになる人が。
彼の横に立ち美しく微笑み、余計なことは言わず、妻として尽くしてくれる女性が。
いや、彼はそんな妻を欲しがるような人ではない。
そう思いながら、もしもそうなら、私への約束など忘れられても仕方がないのかもしれないと弱気なっていた。
「君も来ていたのか」
「まぁ、宗一郎さん」
パーティーのざわめきの中で、その声は真っ直ぐ私の耳に飛び込んできた。
彼の声は……そう、チェロのよう。
コントラバスほど低くはなく、ヴィオラよりやや深みがある。
いかにも驚いたといった顔をして、連絡を待っていた素振りを見せないよう細心の注意を払いながら彼の前に立った。