ボレロ - 第一楽章 -
「あっちと似たような顔ぶれだな。まったく迷惑な会だ」
「えぇ、本当に……あちらには、もう?」
「先に行ってきた。君のところは?」
「先ほど父が向こうへ参りました。私もそろそろ帰ろうかと思っていましたの」
「早めにこっちに来て良かった。もしかして、今夜、君に会えるんじゃないかと思ってね」
同じような立場の企業の二人の会長が、同じように叙勲し、今夜それぞれにパーティーが開かれていた。
祝いの会であるため発起人が会を開催しているのだが、出席者は重複し、会場のはしごという至極迷惑な夜になっている。
「このあと予定は?」
「いえ、特に……」
「じゃぁ、食事に付き合ってくれないか。こんな料理では腹の足しにもならない」
「まぁ、宗一郎さんったら、聞こえるわ」
「誰も聞いちゃいないさ。会長に顔を見せてくる。
先にロビーで待っててくれ、すぐに下りていく」
私はまだイエスともノーとも言っていないのに、彼の足は即座に踏み出し、私に背中を向けて歩き出した。
なんて強引な男だろう。
けれど私はこの男からの連絡を待ちこがれ、今夜会えるのではないかと姿を探していた。
そして、もう一度名前を呼んでもらいたいとずっと思っていた。
どこへ連れて行ってくれるのだろう。
エレベーターで階下へ降りながら、彼と過ごすこれからの時間を想像する。
時計の針は午後8時を回っている。
帰りが遅くなる旨を家に連絡したが、奥様は外出されましたと留守の者の返事で、学生時代の友人に会ったので食事をしてくると、母に苦しい言い訳をせずに済んだことにホッとして携帯を閉じた。