ボレロ - 第一楽章 -


忙しさにまぎれたわけではないが、珠貴のことも思い出す暇がないほど仕事に

追われる日が続いていた。

断れない席に顔を出し、慣れない酒を口にする。

自分でも疲れを感じながら自己理由で休めない辛さを抱え、体も限界にある

事さえ気づかない振りをしていた。


その日も疲れを抱えながら、父の代理で避けられない席に出席していた。

さほど飲んでもいないのに不覚にも足元がふらつきだし、壁の椅子を求めて

歩き出したときだった。



「こちらへ……」



長い指が私の腕をとると、腕を組むようにして支えながら椅子へと体を

導いてくれた。



「大丈夫? お顔の色が悪いわ」


「君か……悪酔いしたようだ。めまいがした」


「忙しすぎるのよ。休むことも必要よ」


「そうも言ってられない」


「そうでしょうけど……今夜はお帰りになった方がよろしいわ」


「まだ仕事が残ってるんだ」



呆れたといった顔をした珠貴を横目に、私は携帯を取り出した。

このホテルには私専用の部屋がある。

打ち合わせや他では出来ない話をしたいとき、また、自宅へ帰宅できない

ときの宿泊用に使う部屋だ。



「近衛です。副支配人を……わかった。頼む」


「お部屋を取ったの?」


「あぁ、少し部屋で休んでくる」



歩きかけた私をまた珠貴が支え、大丈夫だからと断る私に、心配だから

お部屋までお送りしますと強引についてきた。


客室フロアへのエレベーターに乗り彼女に部屋の番号を告げる頃、私の体は

限界にきていた。

誰かに支えられているという安心感からか、自分でも情けないほどの脱力感に

見舞われ珠貴の腕を頼っていた。



「近衛さま!」



部屋の前で待っていた副支配人が私の姿に驚いて駆け寄り、珠貴とともに体を

抱え部屋へと運び込んでくれた。



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