ボレロ - 第一楽章 -


よほど顔色が悪かったのだろう。

ドクターを呼んできますという彼の申し出を断り、私はベッドへと倒れこんだ。



「宗一郎さん、体が辛いでしょうけれど上着を脱いでネクタイを緩めて。

それからベルトもはずした方がいいわ」



私にそう言いながら、珠貴の手はネクタイを緩め、シャツのボタンを二つ

はずした。

カフスをはずしたあとベルトに手をかけ、一瞬ためらったようだが、

失礼しますねと断りベルトも緩めてくれた。



「父もよくあるの。お酒が弱い方ではないのよ。

でも疲れがたまるとダメみたい。体は正直なの、疲れたら休まなくちゃ」



服の締め付けを緩める口実を述べるように珠貴の口は動き続け、その様子に

副支配人が何か言いたげにしていた。



「狩野、この人のことは気にしなくていい。

それより、運転手に先に帰るように伝えてくれ」


「おい、本当に大丈夫なのか」


「あぁ、今夜は世話になるよ」


「それは構わないが……なぁ、彼女を紹介してくれよ」



急に親しげに話し出した私たちを、珠貴が不思議そうに見ていた。



「はは……気になるか。須藤珠貴さん、友人だ」


「友人ねぇ。須藤さんというと、須藤グループの」



狩野はそれだけで彼女の素性がわかったようだ。



「そうだ、跡取り娘の珠貴さんだ。彼女の夫が次期社長になる。

彼女を狙う男が多くてね」


「狙うだなんて、宗一郎さんったら変な言い方しないで。

私にも紹介してください こちらの方」


「あはは、悪い。大学時代からの悪友で狩野だ。

このホテルの副支配人をしている。それこそ時期社長だよ」



狩野が悪友とはひどいなと言いながらも、珠貴に名刺を渡しホテルマンらしい

挨拶をした。



「また飲めない酒を飲んだんだろう。

これで何度目だ、ここに倒れこむのは……おまえも因果な商売だな」


「ここのところ続いたからなぁ。勧められれば断れないだろう」


「今夜はやすめ。彼女もいるようだし安心したよ。

近衛、俺にも黙ってるとは許せんな」


「彼女とはそんな関係じゃない。誤解しないでくれ」


「そうなのか?」



ベッドの横で服の片づけをしている彼女も微笑みながら頷いたのを見て、

狩野は怪訝そうな顔をしたが、それ以上は聞いてこなかった。



「須藤さん、近衛のことはお任せください。無理にでも休ませますから」


「えぇ、でも……私、もう少しここにいます。

氷とタオルをいただけないかしら」


「それはご用意いたしますが……よろしいので?」


「宗一郎さんをお一人にすると仕事をなさるでしょう? 

誰かの目が必要かと思って」



狩野が高笑いとともに、あなたは近衛のことを良くご存知だと告げると、

すぐに氷を用意しますと部屋をあとにした。


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