ボレロ - 第一楽章 -
珠貴はベッド横に椅子を持ってきて座り、本当に私を監視するつもりなのか、
じっと私の顔を見つめている。
「そんなに睨まないでくれ。また気分が悪くなりそうだ」
「飲む振りをして、相手を欺く作戦がお得意じゃなかったの?」
「料亭ではごまかせるんだがなぁ、ホテルのパーティーはどうにも……
それに今日は急な呼び出しだったんだ」
「それにしても、どうしてこんなになるまで……あなたらしくないわ」
「我慢も必要だよ。それより珠貴、ここにいていいのか?
俺のことはいい、席に戻った方が」
「大丈夫です。父は他の方と別の場所で打ち合わせですって、
私の用はすみました」
「そうか……水をもらえないか」
立ち上がり、珠貴が後ろを見せて初めて気がついた
彼女のドレスがいつもに比べ華やかである事に……
背中のラインが綺麗に見えるようにデザインされた物なのだろう
短い襟足から背中にかけて流れるような曲線が見え、胸の奥が波立った。
「少し体を起こしてください。背中にクッションを置くと楽じゃないかしら」
渡されたグラスを受け取りながら、彼女の胸元へと視線がとんだ。
こんなときに男ってヤツはと自分でも呆れながら、逸らしたくない視線を
無理に逸らし冷たい水を喉に流し込んだ。
「また君に助けられたな」
「うぅん、手をお貸ししただけ……」
グラスを返しながら彼女の手を一緒に握り締めると、珠貴の目が一瞬大きく
開かれ驚きを見せたが、すぐに優しい微笑みに変わり柔らかく視線を
絡ませてきた。
そのまま彼女を引寄せたい衝動を、狩野のノックが邪魔したのだと、
あとで彼を捕まえて嫌味を言ってやろうと考えながら、
私は珠貴の手を離せずにいた。