ボレロ - 第一楽章 -


私の紹介が始まったようだ。

父のそばで優秀な秘書をしていると言う藤本夫人の仲人口は滑らかで、

その合間に相手の母親の相槌が入り込む。

口うるさそうな母親は自分の息子に相当な自信があるようで、しきりと息子の

素晴らしさを並べとても似合いだと繰り返していた。


家柄と経歴と経営手腕、それに父との相性が良ければ、見合いは8割方

まとまるのだ。

私の意見など聞いてはくれず、このままではこの男性との縁談が進みそうで、 

今回はどうやって断ろうかと苦慮していた。


壁際に立ち、無関心を装う狩野さんの姿が目に入った。

すべての会話を耳にしているだろうに何の反応も示さず、食事のサーバーが

済むと、こちらから声がかかるまで身動きもせずに待機している。

彼の目に、この席がどんな風にうつったのだろうか。

おそらく似たような席を多く見てきたはずだ。

きっと、相手の欠点も目に入っているのではないだろうか。

そうだ、あとで狩野さんに聞いてみよう……

先日渡された名刺がバッグに入っていることを思い出し、自分の思いつきに

ほくそ笑んだ。



食事のあと、お決まりのコースが設けられていた。

結局父は仕事の都合で来られず、母親たちを残して野島さんと二人だけで

話をすることになった。

またしても、当たり前のように狩野さんが私たちを外へと案内してださった。



「庭園奥にはテラスもございます。

お飲み物などもご用意できますので、どうぞお声をおかけください」



私と知り合いである態度は微塵も見せず、仕事に徹する姿勢は憎いほど

好ましかった。





「珠貴ちゃん、野島さん優しそうな方じゃない。男性は優しい人が一番よ」


「そうね、少し考えてみるわ」


「お返事は急いでね」




友人と会う約束があると母に偽りを言い私はホテルに残った。

母は娘の色よい返事が欲しいのだ。 

断るにはそれなりの理由が必要で、今までどれほど断る理由を並べるのに

苦労したことか。 

今回は狩野さんの意見が参考になるだろうと思うと、まだ彼から何も聞いては

いないのに、力強い味方を得たようで気持ちはとても軽かった。




< 29 / 160 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop