ボレロ - 第一楽章 -
「さて、何から聞きたい?」
「あの……お二人のお時間を邪魔してしまって……」
「いつもの珠貴らしくないじゃないか。遠慮はいらない」
「まぁ、意地悪な言い方ね。私がいつも我がままを言ってるみたい」
「遠慮などせず、ハッキリと言って欲しいってことだよ」
「そうなの?」
宗一郎さんの顔をのぞきこむと、ほら早く話をと言うように顎をしゃくった。
その顔は悪戯っぽく、仕事の話をするときには見えない彼の隠れた顔を見た
ようだった。
「では……まず、狩野さんにお伺いしたいのですが、
今日の様子をご覧になってどうお思いになられました?
正直な感想をお聞きしたいと思って」
「そうですね。ごく一般的なお引き合わせの場ではなかったでしょうか」
「あの……もっと踏み込んだご意見をお聞きしたいのですが……
野島治という人物は、狩野さんの目にはどう映りましたか?
率直に申し上げると、お断りする理由を探しています。
狩野さんはあの場にずっといらっしゃったから、
何か気がつかれたことがあったら教えていただきたくて」
「ふぅ……そういうことでしたか……
お客様のことをこんな風に申し上げるのは、どうかと思いますが……」
「狩野、ここでは普通にしゃべってくれ。営業トークはなしだ」
「私からもお願いします」
畏まって立っていたホテルマンは苦笑いのあと、じゃぁそうさせてもらうよと、
私たちと同じソファに腰掛けた。
「彼は典型的なイエスマンだね。
母親の権威が強い家庭に育ったのがよくわかる。指示されたことに逆らわず
危なげない道を歩いてきたってところかな」
「私も狩野さんと同じような印象でした。お母様の意見に頷くばかりだったわ。
彼のような人は父にとっては願ったりでしょうけれど」
「逆から見ればあなたのすることに何も意見をしない夫になりそうですね。
自由に振舞えるんじゃないかな。
須藤さん……僕も珠貴さんと呼ばせてもらってもいいですか。
珠貴さんにとって扱いやすい男みたいだし、案外いいかもしれませんよ」
「私に関心もないような人と一緒にいてもつまらないわ。
手応えのない夫なんて、そんなの嫌ですから」
私と狩野さんのやり取りを聞いていた宗一郎さんが笑い出した。
「はは……珠貴には物足りないだろうなぁ。
この人は、丁々発止とやりあう男を亭主にしたいらしいから」
「いつも議論をしているのが好きみたいに言わないでください。
狩野さんが誤解なさるわ」
「似たようなものさ。俺にもいつも言いにくい事をスパッというじゃないか」
「そんなことありません。それは宗一郎さんが私に絡んでくるから……」
私たちのやり取りが楽しいと、狩野さんは大げさに面白がった。
本題からずれてしまった話題に私も苦笑いしていたが、宗一郎さんは
居ずまいを正すと私に真顔を向け話し出した。