ボレロ - 第一楽章 -
「野島の三男坊がイエスマンか指示待ち族か知らないが、
野島工業はやめたほうがいいかもしれない」
「何かご存知なの?」
「母親が社長時代に手がけた事業が思わしくないらしい。
会社を引き継いだ長男も赤字部門を切りたいようだが、
母親の手前潰すわけにもいかずってところだろう」
「そういえば、お兄様も彼と似たような印象だったわ」
「あそこはお袋さんの影響が強い。
会社も事業を広げすぎて無駄が多いはずだ。
もう少し突っ込んで調べてみるとわかると思うが」
「そうね、調べてみます。父を納得させるだけの材料をそろえなくちゃ」
「俺にわかることなら、いつでも協力するよ」
「ありがとうございます。これは、この間の看病のお礼かしら?」
「まぁね……」
お互いに顔を見合わせて含み笑いをしていると、狩野さんが ”ふぅ~ん”
と意味ありげな顔をした。
「二人とも楽しそうだねぇ。友人にしては親密すぎる」
「狩野、この人とはそんな関係じゃないと言ったじゃないか」
「そうかな、俺にはそうは見えないが」
狩野さんは私たちを見比べながら、男女で友人とはねぇ……などと茶化しながら
なおも食い下がったが、宗一郎さんが再度否定したため、ようやく諦め顔に
なり、引継ぎをしたら連絡をするよと宗一郎さんに言い残し仕事に戻って
行った。
この部屋からの眺めもなかなかなんだと宗一郎さんが手招きし、私を窓際に
座らせた。
地上数十階の部屋から見える風景は雨上がりの清清しさも手伝って、遠く
富士の姿までも望むことが出来た。
「君も大変だな。相手が決まるまで夫候補に会い続けるのか」
「そうなるでしょうね。宗一郎さんもそうでしょう?
私たちのような立場では避けて通れないことですもの」
「そうだな……自分の気持ちは二の次、家のため会社のためか……」
「えぇ、私にも好みがあるのに誰も聞いてくれないのよ。
家柄や経歴が重要なの」
「じゃぁ俺が聞くよ。須藤珠貴さんの理想の男性像は?」
「そうねぇ、仕事ができるのは最低条件だけど、父に屈服しない人かしら。
自分の意見を堂々と述べて私を引っ張ってくれる人がいいわ。
会う人は例外なくまず父に屈するの。それがいいと思っているのかしら。
養子に入ってくださるからといって、そんなことする必要はないと思うのよ。
ねぇ、そうでしょう?」
「はは……それはまた難しい条件だな。
会社をここまでにした親父さんに意見できるヤツなんて、
そうそういないと思うが」
「でも、いつかは自分が会社を率いていくのよ。父の言いなりでは困ります」
並んで座っていた彼の右手が私の手を取った。