ボレロ - 第一楽章 -


シャワールームから出てくると、宗の姿は一変していた。

ベッドに入る前にかけていたブラックフレームは、メタリックシルバーの細身のフレームにかわり、彼を仕事の顔にさせている。


一分の乱れもなく完璧にスーツを着こなした姿は、いずれ多くのグループ企業を統括する立場にある副社長の鎧を纏っている。

細いストライプのスーツは、彼の体を実際より細く見せていた。



「スーツを着ると細身に見えるわね。こんなに鍛えてるのに、わからないわ」


「努力は人に見せるものじゃない。珠貴だって体を磨いているじゃないか」



そこまで言うと耳元に口を寄せてつぶやいた。



「ビキニラインも完璧だった」


「あなたって、ときどき不似合いな言葉を口にするわね。 

みんなびっくりするわね、こんなあなたを知ったら……ふふっ」


「これが本当の俺だ。珠貴だけ知っていればいい」


「ねぇ知ってる? あなたがなんて呼ばれているか。 

鋼鉄の微笑みって、口の悪い人は言ってるわ」


「ほぉ、鋼鉄か。はは……本心を表さないってことだろうな。言ってくれるね」



珠貴だけが知っていればいいなんて、さらりと言ってのける。

時折見せる乱暴な仕草、アンバランスな彼の一面を知っているのは私だけ。

そう思うだけで私は満たされていた。

シャツの袖に留められたカフスに口元が緩んだ。

私に会うときは、プレゼントした物を必ず身につけてくれる。

こんなところが宗のさりげない優しさ。 

ほら、珠貴にもらったものだよ、なんて決して口にしないけれど……



「いつになったら珠貴と一緒に歩けるのか……」


「いつも一緒にいるじゃない。どうしたの? そんな顔して」


「そういう意味じゃない……」


「そういう意味じゃないって、あなたらしくないわね。はっきり言わないなんて」



窓辺に腰掛けた宗が、私を引寄せて階下を見るよう促した。

ホテル前の道を行き来する車が小さく見えた。

< 4 / 160 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop