ボレロ - 第一楽章 -
シャワールームから出てくると、宗の姿は一変していた。
ベッドに入る前にかけていたブラックフレームは、メタリックシルバーの細身のフレームにかわり、彼を仕事の顔にさせている。
一分の乱れもなく完璧にスーツを着こなした姿は、いずれ多くのグループ企業を統括する立場にある副社長の鎧を纏っている。
細いストライプのスーツは、彼の体を実際より細く見せていた。
「スーツを着ると細身に見えるわね。こんなに鍛えてるのに、わからないわ」
「努力は人に見せるものじゃない。珠貴だって体を磨いているじゃないか」
そこまで言うと耳元に口を寄せてつぶやいた。
「ビキニラインも完璧だった」
「あなたって、ときどき不似合いな言葉を口にするわね。
みんなびっくりするわね、こんなあなたを知ったら……ふふっ」
「これが本当の俺だ。珠貴だけ知っていればいい」
「ねぇ知ってる? あなたがなんて呼ばれているか。
鋼鉄の微笑みって、口の悪い人は言ってるわ」
「ほぉ、鋼鉄か。はは……本心を表さないってことだろうな。言ってくれるね」
珠貴だけが知っていればいいなんて、さらりと言ってのける。
時折見せる乱暴な仕草、アンバランスな彼の一面を知っているのは私だけ。
そう思うだけで私は満たされていた。
シャツの袖に留められたカフスに口元が緩んだ。
私に会うときは、プレゼントした物を必ず身につけてくれる。
こんなところが宗のさりげない優しさ。
ほら、珠貴にもらったものだよ、なんて決して口にしないけれど……
「いつになったら珠貴と一緒に歩けるのか……」
「いつも一緒にいるじゃない。どうしたの? そんな顔して」
「そういう意味じゃない……」
「そういう意味じゃないって、あなたらしくないわね。はっきり言わないなんて」
窓辺に腰掛けた宗が、私を引寄せて階下を見るよう促した。
ホテル前の道を行き来する車が小さく見えた。