ボレロ - 第一楽章 -
二人だけの空間からは今夜も見事な夜景が見え、気分が高揚しているためか
一段と美しく思えた。
シャツの袖口を眺め思わず口元が緩んだのに、珠貴が私の弾んだ心を
乱すようなことを口にした。
「今度の縁談、お断りする理由を見つけるのは難しいかもしれないわ。
まだ相手の方にはお会いしてはいないけれど、私が好きになればいいのよね。
好きになれる方だと良いけれど……
そしたら問題もなく進んでいくの。私は何もしなくてもいいの、
お膳立ては出来ているんですもの。
宗一郎さんとお食事できるのも、もう何回もないのかも知れないわね。
寂しい……」
私に背を向けたまま、ガラスに向かって話をしていたが、寂しいと言ったまま
動かなくなった。
その背中が、会えなくなるのは寂しいと言っているように見えた。
切なさが込み上げてきて、思うより先に彼女を後ろから抱きしめた。
衝動的に起こした行動だったが、抱きしめられ驚くのではないか、
抵抗されるのではないかと思ったのに、されるがままになっている
彼女を見て力を入れて胸に閉じ込めた。
「まだ決まったわけじゃない。そんなことを言うな」
「そうね……また会ってくださる?」
「さっき来月の予約もしたじゃないか、また来よう。一緒に……」
「えぇ、また一緒に……宗一郎さん、もう少しこのままでいて……お願い……」
珠貴は何も言わないが、彼女も私に気持ちを向けてくれている。
腕から伝わる熱を感じながら、彼女の言い出せない想いを受け取ったような
気がして、珠貴の短い髪の襟足に、そっと唇をおいた。