ボレロ - 第一楽章 -


『あのとき、また一緒に行こうって言ってくださったのに、

やっぱり気になるのね。残念だわ……私……』


『そうじゃない。君が困るんじゃないかと思って……

そうでないのなら、また付き合って欲しいと思ってるよ……』


『ご一緒します。一週間後ですね、楽しみにしていますね』



ありがとう、また連絡するよ……と、ホッとしたような、そして、嬉しそうな

声が返ってきた。




彼の声に満足しながら、電話のあと、私は自己嫌悪に襲われた。

彼に何を期待していたのだろう。 

彼の気を引くような言葉を言い、困らせるような返事をし、自分の満足のいく

返事をもらって嬉しがっている。

いつかは距離を置かなければならない人なのに、自分から歩み寄るような

ことをしているではないか。

彼が私に好意を持ってくれていると気がついていながら、それを試すような

言動をしてしまう。

電話の会話を思い出しながら身勝手な自分が見えてきて、恥ずかしさから

思わず顔を覆い、体を預けるように壁に寄りかかった。



「大丈夫ですか。気分でも悪くなりましたか? 

降りたほうがいいんじゃないかな」


「あっ、いいえ。すみません、大丈夫です」



途中の階から乗り込んできた男性が、壁にもたれて顔を覆う私の様子を見て、

体調が悪くなったのかと心配そうに声を掛けてきた。

礼を言うため顔を上げると、優しげな造りの顔が私をのぞきこんでいた。

やはり降りたほうがいいですね、と、すぐにエレベーターのボタンを押し、

ドアが開くと同時に私を狭い空間から連れ出した。



「そこに椅子があります。少し休んで……たまには階段もいいもんです。

気分転換になりますよ」


「ありがとうございます。そうですね、ときには階段を使ってみます」



彼の親切をむげにしないため、気分が悪そうな振りをしたまま礼を伝えた。

垣間見えた社章は他社のもので、外部から来た人であることがうかがえた。

すべてが柔らかい物腰なのに、有無を言わせず私をエレベーターから降ろした

ところなど、宗一郎さんに通ずる強引さが見えた。

そんなことを考えてしまう自分が可笑しくて、小さく笑いがでて、親切にして

くれた人に見えないように口元を隠した。

私へ軽く頭を下げ、彼はまた上へ行くエレベーターに乗っていった。

スマートな身のこなしとでも言うのだろうか。

最低限の手助けだけをしてすっと立ち去るなど、出来そうでできないものだ。

宗一郎さんより少し細身だったけれど腕の力強さは充分で、とっさに

抱きかかえられた感触など彼に似ていたと、また宗一郎さんを思い出していた。





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