ボレロ - 第一楽章 -
「初めて会った日、いや 初めてじゃないな。君とは潤の結婚式で会っているんだから」
「そうね。会ったと言っても、見かけただけよ。
話をしたのはあの日が初めてだった……覚えてるわ」
「ホテルから出て、すぐに車が止まって困ったよ」
「そして、私に拾われたのよね」
「あぁ、拾われた。ははっ、そうだ、俺は珠貴に拾われた。もしくは捕まったか」
「捕まったはひどいわね。ほかに言い方はないの?」
私を膝に乗せ、宗の手は背中を支えている。
「人生を一緒に進む人に出会ったと思った。飾り物でないパートナーを見つけたと思った。
一緒に戦える相手だと思ったよ、珠貴は……」
「そういう意味……私も同じ、対等に話せる人に初めて会ったわ。
私を認めて、追いかけてきた人よ、宗は……」
「お互い、厄介な家に生まれたものだ。婚姻届一枚出すのにどれくらいの時間がかかるのかな」
「そうね、私も知りたいわ。でも仕方ないわね、あなたは特別よ。
大事な後継者の結婚相手だもの、誰でもいいわけじゃない」
「それは珠貴も同じだろう。養子を迎えるつもりの娘を嫁に欲しいという男があらわれたんだ。
親父さんも驚いただろう、こっちも断られる覚悟で申し込んだからね」
柔らかな顔をして嫁なんて言葉はいかにも不似合いだったが、私を膝に乗せた宗が言うと、とても親しみがあった。
「父も相当驚いたみたい。まさか本人が直接申し込みに来るとは思わなかったそうよ」
「反対なのか、まだ……」
「えぇ……父は私を手放すつもりはないの。私もそう言われて育ってきたもの」
「ふぅ……思ったより時間がかかりそうだな」
「そうね……さぁ行きましょう。こんなところでため息をついても仕方がないわ」
「君って人は、そんなところが普通じゃない」
「普通じゃないから選んだんでしょう?」
「まぁね」
「私もそうよ」
4時の会合に間に合うように送って欲しいと言われて、宗を車に乗せて首都高に入った。
資料に目を通すからと、彼は後部座席に座っている。
時々ルームミラーで見る彼の顔は、私のことなど忘れたように一心にPC画面に向かっていた。
何度かミラーで彼をうかがっていると、顔を上げた宗と視線があった。
「視線がうるさいな。そんなに見ないでくれ」
「うるさいって、ひどいわね。どうして私が見てるとわかったの?」
「どうしてかな……岡崎のこと」
「あっ、そうだった。答えを聞いてないわね」
「珠貴の言ったとおりだ。ウチが吸収しようと思ってる」
「そうなの……」
それだけ言うと、宗はまた視線を手元に戻した。
私にだけ見せる顔、私にだけ向ける視線、それを確かめたくて、後部座席の男を、またルームミラーでのぞいた。