ボレロ - 第一楽章 -


「クリスマス、食事に誘ってもいいですか。イタリアンですが」


「ありがとうございます。ふふっ、イタリアン続きだわ。

先日も友人とイタリアンスイーツをいただいて、カシスの香りと味が

とっても上品でしたの」


「そうでしたか。24日、いかがですか。

珠貴さんがよければ予約しておきます」


「はい、楽しみにしていますね」



この時期にイブの予約なんて無理なはず、前から予約を入れていたのだろう。

彼の好意を受け取るためにも、私は即座に返事をした。

懐かしいイタリアンスイーツを、また食べてみたいのも本当だった。

あれは……と思い出したのは、車まで送ってくれた櫻井さんと別れた

直後だった。

私が覚えていた クレーム・ド・カシス の味と香りは、宗一郎さんが

私に移してくれたもの。

彼の遊び心から出た悪戯だったのだろうが、洒落たキスをもらったものだ。

ふっと一人で笑みがこぼれ、たまには私からコンタクトをとってみようと

携帯のアドレスを探し始めた。



『シャンタンのお食事ですが、今月はクリスマスシーズンで

予約は難しいでしょう。無理なさらないでね』


『25日の遅い時間なら空いているそうだ。

羽田さんが確保しておいてくれた。どうだろう』


『ご一緒します。羽田さんへよろしくお伝えくださいね』


『了解した。では』



相変わらずの素っ気無い宗一郎のメールだったが、今までより親密さが

うかがえる。

クリスマスの夜、二日続けて男性と食事なんて思ってもみなかった。

櫻井さんは、まだ少し気の張ることもあるが、彼の柔らかい雰囲気は

嫌いではない。 

彼のことだから、気の利いた場所に連れて行ってくれるはず。 

翌日は、宗一郎さんと一緒に、また、あの場所へ行ける…… 

そう思うだけで贅沢な気分になってきた。

二人の男性を思い出しながら頭の中で服を選び出し、相手に失礼のない

小物とのコーディネートを始めた。



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