ボレロ - 第一楽章 -
今朝は、珍しく父も一緒の食卓についていた。
早い時間の会議があっただろうか、出先に向かう用事が入っていたのかと、
父のスケジュールを思い浮かべたがそんな予定はない。
妹に学校の様子などを聞く姿は穏やかで、一緒に仕事をしている私に
向けられるものとは違っている。
歳の離れた二人目の娘はそんなにも可愛いものだろうか。
仕事では見せることのない緩んだ父の顔に呆れながら、私は黙々と朝食を
口に運んでいた。
妹が先に食事を済ませダイニングをでるのを見届けると、両親は目配せした
あと、父が母を促すように顎をしゃくった。
「珠貴ちゃん、お話を進めてもよろしいわね」
「何の話かしら?」
「櫻井さんのお話に決まってるでしょう」
「決まってるって、どうして?」
私はあくまでとぼけて返事をした。
ここで素直に応じてしまえば、ことの進展が加速する恐れがあるからだ。
「珠貴ちゃんもわかっているはずよ。
お仕事を通して櫻井さんのお人柄も見えたでしょう。
たびたびお食事にも誘っていただいて、あなたもそのつもりでしょうから」
とぼけた私の答え方にイラだったのか、母が畳み込むように本音を並べ、
黙り込んでいる私にこうも告げた。
「堅苦しいお見合い席は、いまの方にそぐわないというのが、
向こうのお父様のお考えなの。
一緒にお仕事をして、自然にお互いを必要だと思えれば、
この先のお話に繋がるからとおっしゃって。
ですからね、祐介さんとあなたは、お仕事を通じてお目にかかった。
そういうことなのよ」
要するに見合いではなく、形は仕事の上で知り合った相手であり、仕事を
通して互いを知りあった
恋愛の形をとろうという大人たちの考えだった。
そんなお膳立てのされた出会いを設けられて、私が ”はい 承知しました”
と返事をするとでも思っていたのだろうか。
母の声は次第に大きくなり、何も言わない私に言い含めるように説明を
くり返している。
「わかりました。それでは、もう少し時間をください。
私たち、まだお互いを分かり合えるほどではないの。
一年か……せめて半年はお付き合いしなくては」
「何を言ってるの。そんなにお返事を延ばしたら失礼でしょう。
向こう様は待ってらっしゃるのよ。祐介さんだって」
そこまで言いかけて、母はハッと口を閉じた。
そう言う事だったのか……
母と彼の間ではすでに話が通じており、私の返事次第で縁談は進むことに
なっているらしい。
これまでの櫻井さんの行動は、すべて計算されていたということ。
思い当たる節があった。
彼が仕事のあとに私を食事に誘うのも、私の予定のない日ばかりだった。
帰りが遅くなったからと母が小言を並べることもなかった。
彼と母とで打ち合わせが出来ていたのなら、造作のないことだ。