ボレロ - 第一楽章 -
「家族に見つからないように、部屋のバルコニーでしゃがんで吸ったわ。
吸うと頭がスッキリするの。受験が終わって気持ちが落ち着いたら、
煙草を手にすることもなくなってきたけれど、仕事で行き詰ったり、
ストレスを感じると欲しくなるの」
「わかるよ、イライラしてくると本数が増える」
「えぇ、ほっとしたくて吸うのかしら。それから……いえ、なんでもないわ」
とっさに言葉を打ち消した珠貴は、ハッとしたように俯いた。
「ふっ、それからベッドのあとでも欲しくなる。だろ?」
「もぉ、嫌な方ね。そこまでおっしゃらないで」
否定しないところが気持ちよかった。
大人の会話を楽しむ余裕があり、気の利いた返事が返ってくる。
珠貴とすごす時間は、そんな贅沢な時間だった。
「ありがとう。大事に使わせてもらうよ。
これは俺からだ、気に入らないかもしれないが」
「気に入らないかもなんて、変わった言葉を添えてくださるのね」
興味深そうに彼女は箱の包みをとき、ふたを開いた瞬間、予想外に嬉しそうな
顔をした。
「まぁ、綺麗……デザイン性の強いフォルムなのにシンプルね。私、好きだわ」
「気に入ってもらえたようで良かったよ。友人が宝飾デザイナーなんだ。
本人に言わせると、まだ修行中らしいが、その人に君の特徴を伝えたら、
これを選んでくれた。オリジナルのデザインらしい」
「その方のオリジナルなのね。では、私のために作ってくださったの?」
「うん、一点物だ。
だが、依頼したときは、君がアクセサリーが苦手だと知らなかったからね」
箱から取り出すと、傾けた顔の耳元に手を添えクリップを留めた。
短い髪からのぞく耳にゴールドが良く映える。
女性がイヤリングを身につける仕草が艶かしいと思うのは、私だけだろうか。
耳に留めるのもいいが、はめられた耳と反対の手でイヤリングをはずす
仕草は、さらにゾクリとする。
彼女が私の前で艶やかな仕草を見せてくれるような場面が訪れるのか……
などと、不届きな想像が頭をかすめた。
ともあれ、珠貴のニッコリと微笑んだ顔が、プレゼント選びの成功を
物語っていた。
シャンタンの今夜のメニューも申し分なく、いつもは口にしないワインが
入ったせいか、普段よりゆっくりと食事を楽しんだ。
ふと静けさを感じて見回すと、私たちが最後の客だった。
店内を見回した私に気がついたのか、羽田さんがすぐに歩み寄り
「どうぞごゆっくり」 とさりげなく声を掛けてきた。
彼の言葉に甘え、それからしばらくの時を二人ですごしたのだった。