ボレロ - 第一楽章 -
「彼女とどんな話をしたの?」
「互いの自己紹介よ。佐保さんって、ふんわりとく柔らかくて、
春みたいな方ね。私好きだわ。
お友達になれそうねって、そんなお話をしていたの」
「彼女は、そうだね。名前の通りだよ」
宗一郎さんが春の女神 『佐保姫』 を知っていたとは、ちょっとした
驚きだった。
私が春という言葉を出しただけで、名前のことだと反応してくれる。
洒落た駆け引きが会話の中でできる男性は少ない。
こんなところに彼の意外性を見つけたようで嬉しくなった。
「佐保さん、珠貴と気が合うんだろう。そうか、良かったよ」
良かったとは、親友の婚約者と私が仲良くなることを望んでいた……
そういうことだろうか。
きっとそうなのだろう。
私の存在は、宗一郎さんにとって……
言葉にできない甘い想いが胸をよぎり、ほんの一時ではあるけれど幸せな
実感として胸に残った。
宗一郎さんの腕に手をかけようとしたとき、ひとりのホテルマンが近づき、
彼に顔を寄せ何事かをささやくと、宗一郎さんは 「少し待ってて」
とだけ言い立ち去ってしまった。
そう言われても、この場に狩野さん以外に知る人のない私には、グラスを手に
待つほかなかった。
あらためて部屋を見回すと30人近くはいるだろうか。
それぞれにパートナーを連れ歓談中だった。
狩野さんの婚約を祝う会だと聞いたけれど、発起人の挨拶もなく、個々に
集まってきては、軽く挨拶をし話の輪ができていく。
ほぼ同世代の顔つきであることから、宗一郎さんや狩野さんの、ごく親しい
人たちの集まりなのだろうと思われた。
ここへ誘われたということは、宗一郎さんにとって私と言う存在は、
そう軽いものではないのかもしれない。
また、甘い想いが胸をよぎる……
彼の顔を思い浮かべた途端、グラスを持つ指先がジンと痺れた。
彼が戻るまで座ろうと壁際の椅子へと足を進め、座った途端に声をかけられた。
「こちら、よろしいでしょうか」
「えぇ、どうぞ」
小柄な女性が控えめに声をかけてきた。
同じくグラスを持ったまま座ったのだが、私の方を見て何か言いたげに
している。
「イヤリングですけれど……」
「えっ? あぁ、これですか。珍しい形でしょう。
お目に留まりまして? プレゼントに頂いたものですの。
一点物だとか、色も形も気に入っていて……」
「ありがとうございます。
どんな方が身につけてくださっているのか、今夜お会いできるとお聞きして
とても楽しみにしていました」
「じゃぁ、あなたがこれを?」
「はい、気に入ってくださったとお聞きしていましたが、
こうしてお会いできるなんて、本当に嬉しい……
とてもお似合いです」
デザイナーの卵だとみずから言い、近衛さんへお渡しした物です。
ありがとうございますと、興奮冷めやらぬ口調が続いていた。