ボレロ - 第一楽章 -
イヤリングをデザインしたのは男性だと思っていた。
彼が ”知り合いのデザイナーに……” と告げた時点でそう思い込んで
いたのだ。
まさか、こんなに若い女性だったなんて。
宗一郎さんとどんな関係なのか、どうして彼が若い女性のデザイナーなどを
知っているのか。
彼女の嬉しそうな顔を眺めながら、私は次々に浮かぶ疑問の答えを
探していた。
「蒔絵さん、ここにいたのか。探したよ」
「あっ、近衛さん。こちらの方ですね、お会いできました。
ありがとうございます。私、もう嬉しくて」
「それなら話は早い、彼女なんだ」
私の中で何かが弾けた。
宗一郎さんは私へ、その人を ”彼女なんだ” と紹介した。
ジュエリーは身につけてこそなんですよ、との蒔絵さんの話に、
彼が嬉しそうに頷いている。
私はいたたまれない気分になっていた。
今夜の会へ誘われたとき ”見せたい人がいる” と言っていた。
彼女がデザインしたジュエリーを身につけた私を見せたかった。
だから私に声をかけたのか。
そう考えると、先ほどの狩野さんたちへのお祝いの品も、そんな気遣いは
いらないと宗一郎さんが言い張ったのも頷ける。
私などが関わることではないと、そう言いたかったのか……
そこへと思いがたどり着いたとき、私はグラスを置いて立ち上がっていた。
「私もお目にかかれて良かったわ。これで失礼しますね」
「珠貴、急にどうしたんだ」
「いえ、今夜の私の役目は終わりましたから」
「役目ってどういうことだ。まだ何も」
これ以上、私に何をさせるつもりなのか。
蒔絵さんにイヤリングの感想を事細かに伝えて欲しかったのか。
それとも、もっと彼女の紹介をするつもりなのか……
彼の手が肩にかかったが、私はその手を静かに振り払って歩き出した。
慌てた蒔絵さんの声も一緒に聞こえてきた。
「待ってください。私、何か悪いことを申し上げましたか。
ご気分を害されたのならすみません。
あの、どうしたら……」
宗一郎さんの隣りにいるべき相手は、私ではなかったのだ。
佐保さんが言っていた ”大事なひと” などでもない。
蒔絵さんこそ、その人だった。
それがわかった以上、この場にいるのは避けたかった。
いえ、いたくはなかった。
「失礼します」 ともう一度言うと、私はふたりの顔を見ることなく
背を向け出口へと急いだ。