ボレロ - 第一楽章 -
彼女の顔は知っていた。
弟の結婚式の新婦側の招待者に見た顔だった。
内輪の式に招かれた友人の数は少なく、彼女が新婦のごく親しい友人である事は間違いなかった。
パステルカラーのドレスが多い中、シンプルなデザインのダークブルーのドレスは、それだけで目を引いた。
義妹になった新婦に彼女の素性を聞くと、国内でも屈指の繊維メーカーの社長を父に持つ家の娘だった。
そこにいた女性たちの誰もが、似たような家の娘達ではあったが……
「助かりました。まさかあんなところでパンクするとは。タイヤに金属片が刺さっていました。
挨拶が遅れました。近衛と申します。あの……あなたとは弟の結婚式でご一緒したと記憶していますが……」
「えぇ、私も友人の結婚式でお見かけした方だと思っていました。須藤です。
近衛さんは、潤一郎さんのお兄様でしたね」
「そうです。あなたはは須藤グループの」
「はい、父の会社ですけれど」
私の差し出した名刺を受け取ると、信号待ちで自分の名刺を渡してくれた。
「社長秘書ですか。今日も仕事で?」
「秘書といっても名ばかりです。父が私をそばにおいて仕事を見せるための肩書きですの。
今日は仕事ではありませんので、お時間は気になさらないで」
運転席の人は、さしさわりのない話をしながら鮮やかにハンドルを切り、途中からかけられたサングラスは嫌味でなく彼女に似合っていた。
彼女のバッグの中から聞こえる着信音が気になった。
「電話に出なくていいのかな。私の方はまだ時間があります。車を止めてください」
「いいんです。この辺は駐車禁止地域ですもの。
だからといって、運転中に電話はできません。交通ルールは守らなきゃ。
運転しながらの通話は違反でしょう?」
違反とわかっていても、運転しながら携帯を手にする連中を見慣れている私の目には、彼女の言い分はとても新鮮だった。