ボレロ - 第一楽章 -

部屋に戻ると、彼がホッとした顔をして待っていた。



「帰ったのかと思った。電話が長引いて申し訳ない」


「いいえ」


「ふぅ……電話のお陰で調子が狂ったようだ。さっきのことだが、どうして」


「もういいの、ごめんなさいね。ちょっとした誤解だったの」



私は、あらかじめ頭の中で予習した台詞を舌にのせた。

もちろん余裕のある微笑とともに。



「誤解? 役目が終わったというのが誤解だったの」


「そうではなくて、私がいただいたプレゼントを身につけた姿を

彼女に見てもらいたかったのね。それに……

あなたには決まった方がいらっしゃった。それがわかったってことなの」


「何を言っているのかわからないよ。決まった人ってのは誰のことだ。

見てもらったって……あぁ、彼女か」
 

「そうよ、蒔絵さんに見てもらうために私を呼んだのでしょう? 

だからいいの。急に飛び出してごめんなさいね。 

落ち着いて考えればわかることなのに、私ったら」 


「待ってくれ、確かに彼女に見てもらおうと来てもらった。

いや、違うな。どう言えばわかってもらえるんだ」



いつもの落ち着いた彼はどこにいったのか、取り乱すといったように拳を

振り落ち着きがなかった。

自分と蒔絵さんの関係を私にどう説明しようとしているのか、上手く言えずに

イライラしているようだ。

眉間の皺に手をおき、指先を苛立たしげに動かしている。

この人は何をしても様になる。

先に気持ちが落ち着いていた私は、彼のそんな姿を冷静に見ていた。 



「宗一郎さん、お席に戻った方がいいわ。みなさん心配なさるでしょう。

私はここで失礼します。 

それから、シャンタンのお食事はもうおしまいにしましょう。

彼女に誤解されたくないわ」



それだけ言うと、彼のために懸命に作り出した笑みを向け、私は気持ちを決め

ドアへと向かった。



「珠貴」



宗一郎さんの大きな声に、決心した足が止まった。



「君が何を誤解していたのかわからない。だが、これだけは言わせてくれ。 

今夜は君と一緒にいたいと思ったから誘った。友人達にも紹介したかった。

それだけだ」


「だけど誰も聞かないって、それが決まりだって……」


「仲間の誰かの結婚が決まると、こうして集まってきた。

出席するときはパートナーを連れてくること、それが条件だ。

相手が誰であろうと詮索はしない。友の選んだ相手なら黙って受け入れる。 

そういう決まりだ、だから珠貴をつれてきた」



振り向くことができなかった。

彼の口から一緒にいたい人だと言われたのに、それは本当に私ですかと

聞き返す勇気がなかった。



「でも、蒔絵さんは……彼女なんだって、さっき私に紹介したでしょう。

だから」


「彼女がイヤリングのデザインをした人だと、そう言ったつもりだった」


「そんなこと今頃言われても、だから私……」



私の勘違いが招いた事態だった。

けれど、それを素直に認めることが出来ず、立ち止まったまま言い訳を

続けていた。



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