ボレロ - 第一楽章 -


友人達の視線が、珠貴に注がれているのを見るのは快感だった。

詮索はしないという不文律があることと、互いに連れがいるため 

「彼女は誰なんだ」 と聞く者はいなかったが、彼らの目は

 ”あとでじっくり聞かせろ” と言うように横に立つ私に視線を送ってくる。

それほど珠貴の存在は友人達の興味を引いたのだろう。


久しく顔を見せなかった私が、以前とは違うパートナーを

連れてきたのだから気にもなるはず。

かつて婚約者だった理美が何事にも控えめだったのに比べ、珠貴には

そこにいるだけで人目を引く華やかさがあり、何者なのかとのミステリアスな

部分も兼ね備えている。

友人達の興味を誘ったのがわからなくもない。


彼女にあらためて蒔絵さんを紹介すると、先ほどは失礼しましたと

素直に謝った。 

続いてイヤリングの感想を述べ始めたところなど、いかにも珠貴らしく、

二人の会話に加わってきた佐保さんへも、自分の誤解があり心配を

おかけしましたとストレートな表現で事情を話し、すぐに打ち解けた。

彼女のこんな潔さが、私をさらに惹きつけるのだった。

ましてや、彼女の心の内を知ってしまった今、男達の羨望の眼差しも

心地良い刺激となっていた。



「ふふっ、嬉しそうだな。おい、ついてるぞ」


「ついてるって、何が」  



狩野が唇の端に指をおき、拭うような仕草をした。

心当たりがあるだけに、さりげなく指先でルージュを拭きとった。



「近衛が連れている女性は誰なんだって、何度聞かれたことか」


「そうか……」


「珠貴さんと上手くいっているようだな」


「状況は何にも変わっちゃいないがね」


「状況は変わってはいないが、口紅をつけられる仲になったってことか」



小声で意味ありげに嫌味な言葉を吐く狩野の顔にニヤリと笑みを返すと、

脇腹めがけて拳が飛んできた。

腕で拳をかわしながら身をかわす。

そんな私たちを、女性三人と途中から話に加わってきた平岡が面白そうに

眺めていた。

中でも珠貴は、いつもと違う顔の私が珍しいらしく 

「宗一郎さん、こんなお顔もなさるのね」 

などと言いながら楽しそうに歩み寄ってきた。



「蒔絵さんが私にとおっしゃるの。いただいてもいいのかしら」


「いいんじゃないか。君が気に入らないのなら無理にとは言わないが」


「そんなことはないのよ。このデザインも素敵ですもの。

でも、頂くばかりで申し訳なくて……」



差し出された珠貴の手にはイヤリングが収められた小箱が乗っており、

本当にいいのかしらとまた繰り返している。



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