ボレロ - 第一楽章 -
蒔絵さんの新しい作品だろう、彼女は自分でデザインした作品は手元に
おかず、プレゼントすることが多いと平岡に聞いていた。
「そうね、アクセサリーは身につけてこそだと
蒔絵さんもおっしゃっていたし、使わせていただきます」
私がクリスマスにプレゼントしたイヤリングを、これまで何度か身につけた
ところ、そのたびに ”どちらのブランドですか” と聞かれたのだという。
オリジナルだと答えると羨ましいとの声に、珠貴も自分を褒められたようで
嬉しかったと、蒔絵さんに話をしていた。
「このイヤリングも、またみなさんのお目に留まるでしょう。
そのときは、絵さんのお名前を教えて差し上げてもよろしいのかしら」
「はい、それはかまいませんけれど、
でも、すべてのご注文をお引き受けできるだけ、私の方に余裕がなくて……」
珠貴は、絵さんの答えを時間的に余裕がないと受け取ったらしい。
そうなの、残念ね、とその場はそこでアクセサリーの話は終わりになっていた。
パーティーが終盤に差し掛かると小さなグループができて、各々散って
いくのもいつものことだった。
さて、このあとどうしようかと思っているところに、珠貴から声を掛けられた。
「宗一郎さん、もうお部屋に戻った方がよろしいわ」
「君はどうする。帰るのか」
「えぇ、あなたを部屋まで送ったら失礼します。そろそろ限界でしょう?
今日はずっとグラスを持っていたもの」
日頃、私がほとんどアルコールを口にしないと知っている彼女は、
体を気遣ってくれたようだ。
言われるまでもなく、飲みなれないシャンパンに頭がふらついていた
ところでもあった。
珠貴は抱えるように私の腕をとると、他の友人達に質問の猶予も与えず
会場をあとにした。
部屋に入ると、いつの間に用意されたのか冷水とアイスペールが
置かれていた。
珠貴は、カウンター横の棚からグラスを取り出すと、氷を入れ水を注ぎ、
ソファに座り込んだ私に渡してくれた。
「ふぅ……水が一番美味い」
「そうおっしゃると思っていたわ。さきほどお願いしておいたの」
私が脱いだ背広の上着をクローゼットにかけながら、今夜は早めに休んで
くださいねと、もう帰る様子を見せた。
「今夜はありがとう。それから、送って行けなくて悪かった」
「いいえ、気になさらないで。私も楽しかったわ」
互いの視線が絡み、別れがたい空気が漂っていた。
絡まった視線を手繰り寄せながら互いに歩みよった。
秘めた想いを伝え合うように、言葉のない別れが唇で交わされ、
おやすみなさいの言葉だけを残し、彼女は部屋をあとにしたのだった。