ボレロ - 第一楽章 -
「渋滞になりそうね……じゃぁ こっちね」
目の前に近づきつつある車の列を見てか、バックミラーを確認したかと
思うと、思い切りハンドルを切り左の細い道に入っていった。
「おい ここ一通だぞ!」
「わかってるわ だけど ここ見通しがいいの
すぐに曲がるから大丈夫よ」
「さっきは交通ルールを守るって言ってたが」
「ふふっ 運転中に電話をするのは危険だから嫌なの 事故にも繋がるわ
でも こんなに見通しの良い道路を どうして一方通行にしたのかしら
お役所に文句を言いたいくらい」
彼女の言い分に、私は笑い出してしまった。
交通ルールに対する彼女なりの解釈は私を愉快にさせた。
初めこそ丁寧な口調だったのが、とっさに出た私のいつもの口調に
合わせたのか、気持ちのいい言いきった物言いに、小気味よさを感じた。
そんな会話のあと、今度は私のポケットの中から着信が知らされた。
「わかったか……あぁ そういうことなら間違いないだろう
引き続き取引を……」
電話を終え、胸ポケットにしまおうとしたときだった。
「今の話……ごめんなさいね 聞くつもりはなかったけれど
聞こえてしまって……
その会社 見通しは暗いかも 今は良く見えても
この数ヶ月のうちに揺らぐでしょうね」
「見通しが暗いって? どうしてそんなことが言える」
「私の情報よ」
「どんな情報か知らないが こっちはずっと前から調査してるんだ
それも複数の情報だ
それらをあわせてみてもマイナス材料は見られない」
「そうね 表面を調べてもわからないでしょうね
私のはサロン情報だから表には見えないはず
悪いことは言わないわ 取引を考え直した方がいいと思うけれど」
彼女がとんでもないことを言いだした。
こちらの情報より、女達が出かけるパーティの席の他愛のない話の方が
確信が持てると言う。
即座に、そんなことはないと否定した。