ボレロ - 第一楽章 -
ひとしきり互いの近況を伝えあったあと、私は持参したジュエリーケースを
テーブルに広げた。
年配の女性が好む色とデザインのネックレスを用意したつもりだったが、
紫子さんの表情はいまひとつ乗り気ではない。
「潤一郎さんのお父さまの叔母さまなの。
80歳を超えていらっしゃる方ですけれど、毎日のお肌のお手入れも
欠かさずなさるのよ。肌も白くてきめが細かくて、本当にお綺麗で……
大叔母の口癖なんですけど
”綺麗な物を身につけることが若々しく見せる秘訣なの” って」
「まぁ、素敵な大叔母さまね。そうよ、女性はそうでなくちゃ。わかりました。
もう少し華やかな物をご用意するわね」
では、明日もう一度お会いしましょうと約束をしたところで、彼女の視線が
私の耳元に注がれた。
「珠貴さんのイヤリング、個性的なデザインなのにシックな色合いが
見事に調和して、なんてステキなの」
「ふふっ、そう言っていただけると嬉しいわ。
ウチの専属のデザイナーの一点物なの。
このイヤリングが今の仕事のきっかけになったのよ」
「きっかけ……ですか」
「ある方がこれをプレゼントしてくださったの。
私の特徴を伝えて作ってくださった物なのよ」
「プレゼントされたのは、もしかして男の方かしら」
「えっ、えぇ……」
紫子さんの真っ直ぐな問いかけに誤魔化すことができず、そうだと答えていた。
「大叔母のもうひとつの口癖ですけれど
”女性はいつも恋をしていなくてはね” って、こうおっしゃるのよ。
ときめきと輝きが大事なんですって」
「素晴らしい方ね。
大叔母さまに、ぜひ気に入っていただける物をご用意しなくては」
「イヤリング本当に良くお似合いだわ。贈った方の愛情を感じますね。
珠貴さんをとても大切に想ってらっしゃる方なのでしょうね。
珠貴さんもきっと同じお気持ちね」
誰から贈られたのか、どんな人物なのか、その人と交際しているのか……
などと聞かないところが紫子さんらしい。
私は微笑むことで彼女に肯定の返事をした。
「珠貴さんの恋は現在進行形ね。羨ましいわ……私、早く結婚しすぎたみたい。
いくつもの恋をしてからでも遅くはなかったのかも」
「まぁ、おっしゃること。潤一郎さんに言いつけるわよ」
現在進行形の恋なんて、紫子さんらしい表現だった。
惹かれながらも、心の奥で宗一郎さんへの思いを否定しようとしていた
私の頑なな気持ちを、紫子さんの言葉がやわらげてくれた。