ボレロ - 第一楽章 -


「潤一郎さんとゆかちゃんの結婚は、おじい様方がお決めになった、

そうでしたね?」


「えぇ、京極と近衛の祖父がとても親しくて」
 

「確か、潤一郎さんのお兄様にも、婚約なさってた方が……」


「そうね……でも、宗一郎さんと彼女は結婚には至らなかったの」



婚約を解消したと言葉にしないところも紫子さんらしい。



「おじい様同士がお決めになったから、お二人には負担だったのかしら」


「どうでしょう……少なくとも宗一郎さんは、そのつもりでいたんですもの」


「では、お相手の方に何か」


「えぇ……決められていたことを取りやめるのは、大変なことですね……」


「そうね。ゆかちゃん、あなたは良かったわね、好きな方と結婚できて」


「うふふ、そう思います?」


「もぉ、ゆかちゃんったら。最後はいつもあなたの幸せな話で終わるのよね。

いいわね、近衛紫子さん」

 

紫子さんと冗談を言いながらも、彼女の言った言葉が頭から離れなかった。

”少なくとも宗一郎さんは、そのつもりでいたんですもの……”

彼は婚約者との結婚を望んでいたという事実は、私の中に影を残した。



「そうだわ、もうひとつお願いしてもいいかしら」


「ご自分の物を?」


「義妹です。彼女にもプレゼントをと思っていたので、

ピアスを見せていただけますか」


「潤一郎さんの妹さんかしら、ゆかちゃんの結婚式でお見かけしたけれど……」


「久しぶりに帰国するの。もともと色白な子なのに、いつも日に焼けて、

大叔母さまがご覧になったらびっくりなさるわ」


「活発なお嬢さまなのね。わかりました、明日ご一緒にお持ちします」



ご主人の大叔母さまや妹さんを気遣い、それを楽しげに話す紫子さんが、

私にはとても眩しかった。

婚約者と幸せな結婚へと至った彼女を羨むわけではなかったが、

私には望むべくもない環境である事は間違いなかった。
 


明日の約束をしたのち紫子さんと別れ、その足でオフィスに寄った。

出張後二日間の休みのはずなのに、蒔絵さんの姿がデザイン室にあった。



「ちょうど良かったわ、相談にのって欲しいの」


「はい。ふふっ、室長も仕事から離れられませんね」


「ホント。でも、そのままあなたにも言えることよ」



休みも返上で打ち込める仕事があるって幸せですねと、蒔絵さんの言葉に

二人で大きく頷き、紫子さんから依頼のあった二点について蒔絵さんの意見を

聞いた。




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